長野県南安曇郡三郷村(現安曇野市)出身。旧制弘前高等学校卒、京都帝国大学に入るが兵役で入隊し、1945年 軽巡洋艦 矢矧に乗り込み大和を護衛して出撃するが撃沈されて負傷する。1947年京都帝国大学経済学部卒、同大学院をへて、1971年「経営管理過程論の新展開 Management Theory Jungleへの一試論」で経済学博士。1951年京都大学経済学部講師、1957年助教授、1970年教授。1986年定年退官し、名誉教授となり[2]、朝日大学教授、1989年大阪国際大学教授を務め、95年退職[3]。70年「経営管理過程論の新展開」で日経・経済図書文化賞受賞。