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戦時大臣

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戦時大臣[1](せんじだいじん、英語: Secretary at War陸軍長官[2]陸軍事務長官[3]陸軍戦時大臣[4]とも)は、イングランド王国グレートブリテン王国、そしてグレートブリテン及びアイルランド連合王国の官職。陸軍の行政と組織に権限と責任を有し、戦争省を統括するが、軍事政策を定める権限はなかった。1794年以降はたびたび閣僚になったものの、国務大臣より下の大臣とされる。1855年に陸軍大臣と合併した後、1863年に廃止された[5]

1724年から1730年までの戦時大臣ヘンリー・ペラム

戦時大臣(1661年 – 1854年)

1809年から1828年までの戦時大臣第3代パーマストン子爵ヘンリー・ジョン・テンプルトマス・ヒーフィー英語版作、1802年。

特記がない限り、1730年から1760年までの在任者の出典は[6]、1760年から1830年までの在任者の出典は[7]、1830年から1854年までの在任者の出典は[5]

さらに見る 画像, 名前 ...
画像 名前在任期間
エドワード・ウォーカー英語版1642年[8]/1644年[9]
サー・ウィリアム・クラーク英語版1661年 – 1666年[10]
マシュー・ロック英語版1666年 – 1683年[9]
ウィリアム・ブラスウェイト英語版1683年 – 1689年1月/2月[11]
ジョン・テンプル1689年4月[注釈 1]
ウィリアム・ブラスウェイト英語版1689年5月 – 1692年[9]/1704年[11]
ジョージ・クラーク1692年 – 1704年[6][9][12]
ヘンリー・シンジョン1704年 – 1708年[13]
ロバート・ウォルポール1708年2月 – 1710年9月[14]
ジョージ・グランヴィル1710年 – 1712年[15]
サー・ウィリアム・ウィンダム準男爵1712年 – 1713年[16]
フランシス・グウィン英語版1713年 – 1714年9月[17]
ウィリアム・パルトニー1714年 – 1717年[18]
ジェームズ・クラッグス1717年 – 1718年[19]
第2代キャッスルカマー子爵クリストファー・ワンズフォード英語版1718年3月[注釈 2]
ロバート・プリングル1718年5月18日 – 12月24日[21]
ジョージ・トレビー英語版1718年 – 1724年[22]
ヘンリー・ペラム1724年 – 1730年[23]
サー・ウィリアム・ストリックランド準男爵1730年 – 1735年
サー・ウィリアム・ヤング準男爵英語版1735年 – 1746年
ヘンリー・フォックス1746年 – 1755年
第2代バリントン子爵ウィリアム・バリントン1755年 – 1761年
チャールズ・タウンゼンド1761年 – 1762年
ウェルボア・エリス1762年 – 1765年
第2代バリントン子爵ウィリアム・バリントン1765年 – 1778年
チャールズ・ジェンキンソン英語版1778年 – 1782年
トマス・タウンゼンド1782年3月 – 7月[24]
サー・ジョージ・ヤング準男爵英語版1782年 – 1783年
リチャード・フィッツパトリック英語版1783年
サー・ジョージ・ヤング準男爵英語版1783年 – 1794年
ウィリアム・ウィンダム1794年 – 1801年
チャールズ・フィリップ・ヨーク英語版1801年 – 1803年
チャールズ・ブラッグ英語版1803年 – 1804年
ウィリアム・ダンダス英語版1804年 – 1806年
リチャード・フィッツパトリック英語版1806年 – 1807年
サー・ジェームズ・マレー・パルトニー準男爵英語版1807年 – 1809年
グランヴィル・ルーソン=ゴア卿1809年
第3代パーマストン子爵ヘンリー・ジョン・テンプル1809年 – 1828年
サー・ヘンリー・ハーディング1828年 – 1830年
フランシス・ルーソン=ゴア卿英語版1830年[25]
チャールズ・ウィリアムズ=ウィン英語版1830年 – 1831年
サー・ヘンリー・パーネル準男爵英語版1831年 – 1832年
サー・ジョン・ホブハウス準男爵英語版1832年 – 1833年
エドワード・エリス英語版1833年 – 1834年
ジョン・チャールズ・ヘリーズ英語版1834年 – 1835年
ホーウィック子爵ヘンリー・グレイ1835年 – 1839年
トーマス・バビントン・マコーリー1839年 – 1841年
サー・ヘンリー・ハーディング1841年 – 1844年
サー・トマス・フリーマントル準男爵英語版1844年 – 1845年
シドニー・ハーバート1845年 – 1846年
フォックス・モール1846年 – 1852年
ロバート・ヴァーノン・スミス英語版1852年
ウィリアム・ベレスフォード英語版1852年
シドニー・ハーバート1852年 – 1854年
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注釈

  1. 初代準男爵サー・ウィリアム・テンプルの息子で、任命直後に自殺した[11]
  2. 1718年3月に任命の発表があったが、実際には任命されなかった[20]

出典

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