隅田和世
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京都府京都市生まれ。京都市家政学園高等学校卒業。高校卒業直後の1968年に、父の仕事の都合で東京都町田市に転居する。父の仕事のフィルム編集の助手をしていたが、女優への思いを募らせる。両親に内緒で応募したこの年の日活ニューフェースに合格し、反対する両親を強引に説得して研究生となる。同年10月から翌1969年6月まで水の江滝子タレント・センターの1期生として基礎を学んだ。
1969年(昭和44年)にTBS『新・流氷の女』、日活映画『涙でいいの』でデビュー。この時は隅田和江という名前だった。「隅田和世」名への改名時期は不明だが、1969年(昭和44年)テレビドラマ『見合い恋愛』に隅田和世の名を確認出来る。その後『極楽坊主』『八月の濡れた砂』などに出演。その一方、1970年春から1971年までミス・フェアレディとして日産自動車のCMにも出演した。
『八月の濡れた砂』以降、一般映画の制作を中止し『にっかつロマンポルノ』へと路線転換した会社の方針になじめず、日活を退社する。1年後に復帰するが、再び退社してテレビ俳優に転じる。
1970年代の特撮にも数多く出演しており、『キカイダー01』のリエコ、『ダイヤモンド・アイ』の蘭花、『イナズマンF』の大橋あけみ役など、悲劇的な結末を迎える薄幸のヒロイン役でも知られる。
1975年(昭和50年)に放映された『鞍馬天狗』第22話の呉服問屋の娘役でのゲスト出演を最後に、芸能界を引退したと思われる。その後、1976年(昭和51年)10月発行の『家庭画報』で、着物のモデルを務めていたことが確認されている。