ライオン奥様劇場
かつての日本のテレビドラマ番組シリーズ
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概要
オープニングキャッチとエンディングでは、TBSの『ライオンこども劇場』(『チャコちゃんシリーズ』→『ケンちゃんシリーズ』)と同じ、野生のライオンが吠える16ミリ実写フィルム映像が流れていた[注 1]。
もともとは、倒産した大手映画会社・新東宝がテレビ局向けに放出した作品を放送していた。その後、自社制作のテレビドラマを放送した(なお全作、外部の製作会社に発注する体制であった)。のちに吉永小百合と結婚した敏腕ディレクター・岡田太郎の手によって、数多くの作品が発表された。
なお、1979年と1980年の最初の1週目は当シリーズは放送せず、代わりに土居まさる司会の帯番組形式のゲーム合戦『新春スター対抗ゲーム』を放送した。また1981年では2度に渡って5回形式の教養ドキュメンタリー番組を放送した事があり、1回目は3月2日から3月6日まで『私は後妻よ』(第1シリーズ)終了後に『教育スペシャル 母と子の教育戦線』を放送、2回目は7月20日から7月24日まで『新・子育てごっこ』終了後に『教育スペシャル しつけ』を放送した。
シリーズの終焉とその後
1983年より路線変更して『ライオン午後のサスペンス』にタイトル変更されたが、1984年の最末期にはホームドラマ路線になり、『ライオン劇場』にタイトル変更された(オープニングキャッチも、企業マスコットキャラクターの「ライオンちゃん」が登場するアニメーションに変更)。そして働く女性が増えて来たことに伴う視聴者離れといった時代の変化もあり[1]、「喜劇・女の戦争」を最後に、1964年10月から続いたライオン提供の昼ドラマシリーズは1984年9月で終了し、20年の放送にピリオドを打った。
平日同時間帯におけるライオン一社提供枠は、その後トーク・バラエティ番組へ転換されて『ライオンのいただきます』に引き継がれ、『ライオンのごきげんよう』終了の2016年3月まで、通算52年続いた。
『ライオンのごきげんよう』終了後始まった生放送番組(『バイキング』→『ポップUP!』→『ぽかぽか』)でも13時台にライオン一社提供のコーナーが設けられていたが、2023年9月をもって終了し、提供を降板した。これによりフジテレビ系平日13時台のライオン一社提供枠は開始後59年で幕を下ろした。
最高視聴率
放送時間
放送作品一覧
ライオン奥様劇場
1964年
1965年
1966年
1967年
1968年
1969年
1970年
1971年
1972年
この年から全てカラー放送[3]
1973年
1974年
1975年
1976年
1977年
1978年
1979年
1980年
1981年
- 私は後妻よ (主演:市毛良枝)
- 教育スペシャル 母と子の教育戦線 (司会:山川千秋、レポーター:田丸美寿々、木元教子) - 教養ドキュメンタリー番組。全5回。[6]
- 母さんが泣いた日(主演:武原英子)
- 山肌(主演:司葉子)
- 新・子育てごっこ(主演:東野英心、岩本多代)
- 教育スペシャル しつけ(総合司会:中村メイコ、神津カンナ) - 教養ドキュメンタリー番組だが、トーク番組も兼ねた。全5回。[7][8]
- おばあちゃんと孫7人(主演:初井言榮) - 上記のしつけ特集の関連ドラマ。VTR製作。[7][9]
- ご縁ですね (主演:津島恵子)
- お母さんのいのちをあげる(主演:佐野アツ子)※フィルム製作最後の作品。
- 哀愁美容室(主演:香野麻里)※この作品からは全てVTR製作となる。
1982年
1983年
ライオン午後のサスペンス
1983年 (午後のサスペンス)
1984年
- 私は許さない(主演:木村理恵)
- 母の復讐(主演:生田悦子)
- 静かなる良人(主演:市毛良枝)
ライオン劇場
1984年 (ライオン劇場)
- 思春期の妻たち(主演:沢田亜矢子)
- 男と女のクラス会(主演:前田吟、沢田雅美)
- 喜劇・女の戦争(主演:市毛良枝、初井言榮)
歴代ネット局
系列は現在の系列。○は現在他系列局だが、放送当時フジテレビ系列局や他系列とのクロスネットだった局。
| 放送対象地域 | 放送局 | 系列 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 関東広域圏 | フジテレビ | フジテレビ系列 | 制作局 |
| 北海道 | 札幌テレビ | 日本テレビ系列 | ○1972年3月まで |
| 北海道文化放送 | フジテレビ系列 | 1972年4月開局から | |
| 青森県 | 青森放送 | 日本テレビ系列 | |
| 岩手県 | 岩手放送 | TBS系列 | 現:IBC岩手放送 |
| 宮城県 | 仙台放送 | フジテレビ系列 | |
| 秋田県 | 秋田テレビ | 1969年10月開局から | |
| 山形県 | 山形テレビ | テレビ朝日系列 | ○1970年4月開局から |
| 福島県 | 福島テレビ | フジテレビ系列 | 1970年3月までと、1971年4月から[注 2][注 3] |
| 福島中央テレビ | 日本テレビ系列 | ○1970年4月開局から1971年3月まで | |
| 山梨県 | 山梨放送 | ||
| 新潟県 | 新潟放送 | TBS系列 | 1968年12月まで |
| 新潟総合テレビ | フジテレビ系列 | 現:NST新潟総合テレビ、1968年12月開局から | |
| 長野県 | 信越放送 | TBS系列 | 1969年3月まで |
| 長野放送 | フジテレビ系列 | 1969年4月開局から | |
| 静岡県 | 静岡放送 | TBS系列 | 1968年10月まで[注 4] |
| テレビ静岡 | フジテレビ系列 | 1968年11月開局から | |
| 富山県 | 北日本放送 | 日本テレビ系列 | 1969年3月まで |
| 富山テレビ | フジテレビ系列 | 1969年4月開局から | |
| 石川県 | 北陸放送 | TBS系列 | 1969年3月まで |
| 石川テレビ | フジテレビ系列 | 1969年4月開局から | |
| 福井県 | 福井テレビ | 1969年10月開局から | |
| 中京広域圏 | 東海テレビ | ||
| 近畿広域圏 | 関西テレビ | ||
| 鳥取県 | 日本海テレビ | 日本テレビ系列 | 1970年4月から1972年9月21日まで 当時の放送免許エリアは鳥取県のみ 1972年9月22日から電波相互乗り入れに伴い山陰中央テレビに一本化 |
| 島根県→ 島根県・鳥取県 |
山陰中央テレビ | フジテレビ系列 | 1970年4月開局から、1972年9月21日までの放送免許エリアは島根県のみ 1972年9月22日から電波相互乗り入れに伴い鳥取県にもエリア拡大 |
| 岡山県 →岡山県・香川県 |
岡山放送 | 1969年4月開局から。当初は4~5年前の作品を遅れネットしていた。[注 5]
1979年3月30日までの放送免許エリアは岡山県のみ | |
| 広島県 | 広島テレビ | 日本テレビ系列 | ○1975年9月まで |
| テレビ新広島 | フジテレビ系列 | 1975年10月開局から | |
| 山口県 | 山口放送 | 日本テレビ系列 | |
| 徳島県 | 四国放送 | 1966年7月4日から[11][注 6] | |
| 香川県 | 西日本放送 | 当時の放送免許エリアは香川県のみ 1968年3月4日(当初は1時間遅れの時差ネット)から1979年3月30日まで 1979年4月2日から電波相互乗り入れに伴い岡山放送へ一本化 | |
| 愛媛県 | 愛媛放送 | フジテレビ系列 | 現:テレビ愛媛、1969年12月開局から |
| 高知県 | 高知放送 | 日本テレビ系列 | |
| 福岡県 | テレビ西日本 | フジテレビ系列 | |
| 佐賀県 | サガテレビ | 1969年4月開局から | |
| 長崎県 | 長崎放送 | TBS系列 | 1969年3月まで |
| テレビ長崎 | フジテレビ系列 | 1969年4月開局から | |
| 熊本県 | 熊本放送 | TBS系列 | 1969年3月まで |
| テレビ熊本 | フジテレビ系列 | 1969年4月開局から | |
| 大分県 | 大分放送 | TBS系列 | |
| 宮崎県 | 宮崎放送 | 1970年3月まで | |
| テレビ宮崎 | フジテレビ系列 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 |
1970年4月開局から | |
| 鹿児島県 | 南日本放送 | TBS系列 | |
| 沖縄県 | 沖縄テレビ | フジテレビ系列 | 1970年10月から |
ネット局に関する備考
- 当番組の開始当時のネット局は、数局しかネットされなかったが、その後民放テレビ局が原則(当時)1局しかなかった地区でも放送された。1969年以降、フジテレビ系に加盟する局が開局され、ネット局は次々と増加に増加を重ねていった。また、他系列局における放送は、ほとんどの日本テレビ系列局は13:30 - 14:00の番組を差し替えて放送していた他、ほとんどのTBS系列局(1983年9月までの福島テレビも含む)は14:00 - 15:00のローカル枠で放送していた。
- フジテレビ系列局がない地域や、フジテレビ系加盟局が開局した後も他系列とのクロスネット編成の都合で放送できない場合は、その地域の民放第1局が放送していた。他系列局は最大半年遅れぐらいで放送されていた(この影響で後継番組の『ライオンのいただきます』は岩手放送では1985年4月1日に開始した)。なお、これらのネットワーク構成は、『ライオンのいただきます』→『ライオンのごきげんよう』に継続される[注 7]。
- 福島県・山口県・大分県・鹿児島県では以下の対応がとられていた。
- 福島テレビは、1971年10月に福島中央テレビから放映権が再移行されたが、『花王 愛の劇場』(TBS)の同時ネットを放送していた関係で当初は遅れネットで放送していた。1983年4月1日に実施されたフジテレビ系列へのネットチェンジ(JNN脱退・FNN加盟)後も、1983年9月30日までは視聴者保護のため『花王 愛の劇場』の同時ネットを継続した関係で『CBC制作昼の連続ドラマ』の直後枠である14:00 - 14:30に遅れネットで放送していた。1983年10月1日に実施したフジテレビ系列完全移行に伴い、『ライオン午後のサスペンス』以降の作品は同時ネット(『花王 愛の劇場』と枠交換の上で『花王 愛の劇場』は遅れネット化)となったが、『ライオン奥様劇場』最終作品であり、3週遅れネットで放送していた「喜劇・女の天下」の終盤は10月3日 - 10月21日に16:00 - 16:30に放送された。
- 山口放送は、1970年4月にテレビ山口(開局当時はTBS系列・フジテレビ系列・テレビ朝日系列)が開局した後も放映権を移行せずに、後継番組である『ライオンのいただきます』→『ライオンのごきげんよう』も含めて1993年9月30日のライオン一社提供枠打ち切りまで遅れネット放送(13:30 - 14:00)を継続した[注 8]。
- 大分放送は、1970年4月にテレビ大分(当時は日本テレビ系列・フジテレビ系列・テレビ朝日系列)が開局した後も、テレビ大分の平日13時台が日本テレビ系同時ネット枠(本枠放送当時は『ごちそうさま』と『おしゃれ』を放送)であった関係で大分放送による放送(末期は『CBC制作昼の連続ドラマ』の直後枠である14:00 - 14:30に放送)が継続された。大分放送は、後継番組である『ライオンのいただきます』→『ライオンのごきげんよう』も含めて2000年3月までライオン一社提供枠の遅れネット放送を継続した[注 9]。
- 南日本放送は、1969年4月に鹿児島テレビ(開局当時はフジテレビ系列・日本テレビ系列・テレビ朝日系列)が開局した後も、鹿児島テレビの平日13時台がテレビ朝日系同時ネット枠(ANN脱退時点では『シャボン玉プレゼント』(朝日放送)と『徹子の部屋』を放送)→日本テレビ系同時ネット枠(本枠放送当時は『ごちそうさま』と『おしゃれ』を放送)であった関係で南日本放送よる放送(14:30 - 15:00)が継続された。南日本放送は、後継番組である『ライオンのいただきます』も含めて1987年9月までライオン一社提供枠の遅れネット放送を継続した[注 10]。
- 山梨放送と四国放送の2局は、後継番組である『ライオンのいただきます』→『ライオンのごきげんよう』も含めて2007年3月30日までライオン一社提供枠を13:30 - 14:00→13:25 - 13:55に放送していた他[12]、高知放送は後継番組である『ライオンのいただきます』→『ライオンのごきげんよう』も含めて1993年3月31日までライオン一社提供枠を13:30 - 14:00に放送していた[注 11]。青森放送は後継番組である『ライオンのいただきます』→『ライオンのごきげんよう』も含めて1991年9月30日のライオン一社提供枠打ち切りまで13:30 - 14:00に放送していた[注 8]。
- 岩手放送は後継番組である『ライオンのいただきます』→『ライオンのごきげんよう』も含め、1991年4月の岩手めんこいテレビ開局までライオン一社提供枠を『CBC制作昼の連続ドラマ』の直後枠である14:00 - 14:30に放送していた。
- 民放1局時代(1960年代中頃)は、遅れネット局でも放送の遅れがまちまちであった。一例として、1966年5月末 - 6月初頭時点では北日本放送は『こころ妻』を放送していたのに対し、北陸放送は『女の波紋』を放送していた[13]。