鹿児島県種子島生まれ[1]。
東京大学文学部を国史学を専攻して卒業した後、農学部へ学士入学した[1]。
1979年に記者として朝日新聞社に入社し、前橋支局、青森支局、学芸部、論説委員、編集委員などを経て、2015年に青森県むつ支局長となり、2017年に退社した[1][3]。
この間、大韓民国の高麗大学校で客員副教授も務めた[1][3]。また、2013年には、連載「原発とメディア」で、取材班を代表して科学ジャーナリスト大賞を受賞した[3]。
2017年以降は、フリージャーナリストとして活動し[4][5]、日本ジャーナリスト会議の運営委員なども務めた[2]。
2022年の時点で、末期がんで闘病中であり[5]、闘病記も発表していた[3]。