隠岐隆俊 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 江戸時代中期生誕 寛政4年(1792年)死没 不明別名 藤鹿鬼一郎、愛宕隆俊、将監 凡例隠岐 隆俊時代 江戸時代中期生誕 寛政4年(1792年)死没 不明別名 藤鹿鬼一郎、愛宕隆俊、将監官位 法眼氏族 藤原北家四条流八条家→隠岐家父母 父:真田隆義、母:大和小泉藩士大河原弥之助女・千枝義父:島田元直兄弟 義兄弟:島田敏直妻 望月縫殿某養女小森頼之姉テンプレートを表示 隠岐 隆俊(おき たかとし)は、江戸時代中期の地下官人。八条隆英の孫・真田隆義の子。 『地下家伝』には「(島田)元直朝臣男」とあるが、『地下官人家伝』には「実八条前権中納言藤原隆英卿孫真田隼人藤原隆義男」とある。隆義は「八条家譜」には八条隆輔の子とある[1]。 享和3年(1803年)12月4日には、仙洞御所の小上臈であった伯母・藤井局の推挙により、11歳で青蓮院門跡に仕えている。文化2年(1805年)7月5日には実父・真田隆義が亡くなっているものの、同4年(1807年)12月には門主から愛宕の家号を賜っている[1]。 文政3年(1820年)1月26日には、坊官・隠岐家を再興した[1]。 脚注 [脚注の使い方] 注釈 出典 1 2 3 松田敬之『次男坊たちの江戸時代 公家社会の〈厄介者〉 』(吉川弘文館、2008年) Related Articles