雄飛 (飛行船)
日本の飛行船
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雄飛(ゆうひ)は、パーセヴァル PL 13 ヴァルザーヴァルト(Parseval PL 13 Walserwald)を改造した大日本帝国陸軍の軍用航空船である。
パーセヴァル PL 13 ヴァルザーヴァルトは、臨時軍用気球研究会が23万円[注 1]でルフト・ファールツォイク・ゲゼルシャフトに発注、1911年(明治44年)8月から1912年3月にかけて製造、8月に日本に到着した[3]。ドイツ人技師シューベルトの監督により組み立て、所沢陸軍飛行場にて30日に初飛行した[4]。
10月21日には所沢から東京までの飛行を行い[4][3]、26日にも飛行を行っている[注 2]。さらに11月12日の大演習観艦式[3][7]、15日から17日にかけての陸軍特別大演習でも飛行を行った[8][9]。
1913年(大正2年)3月28日、青山練兵場にて北白川宮成久王、久邇宮邦彦王、朝香宮鳩彦王、国会両院の議員を招いての展示飛行中に着陸を試みた際、強風により着陸に失敗し犠牲者はなかったものの機体が損傷した[3][10][11][12]。ゴンドラとプロペラを損傷した機体は再飛行することが出来ず、鉄道により所沢に輸送されることとなった[11]。
その後修復を兼ねて改造し、改名した機体として1915年(大正4年)4月製作。気嚢は羽二重三重、綿布一重から成り、内部には2個の空気房があり、送風機を備える。吊籠は鋼管製で、操縦席、機関ならびに推進装置を設ける。鰭は鋼管製の枠に布を張り、気嚢の動揺を制止した。
1916年(大正5年)1月22日、雄飛は益田済陸軍工兵少佐ほか2名を乗せ所沢試験場から大阪までの試験飛行を行なった[1]。途中、中間点の豊橋練兵場に着陸してのものであった[1]。所要時間は合計11時間34分[1]。なお所沢への帰還飛行は、機関不調で修理に時間をかけるうち天候不順となったため行なわず、機体を分解し鉄道にて陸送された[1]。なおこの飛行を記念して、1月22日は「飛行船の日」となっている[1]。