難波正
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- 1859年(安政6年) - 備前国岡山城下(現・岡山県岡山市)生まれ。
- 1873年(明治6年) - 開成学校(後の東京大学)に入学。
- 1875年(明治8年) - 東京大学仏語物理学科に入る。
- 1879年(明治12年)7月 - 東京大学仏語物理学科第2期卒業。仏ソルボンヌ大学留学[1]。
- 1881年(明治14年) - 東京物理学講習所の創立者の一人となる。
- 1885年(明治18年) - 東京物理学校維持同盟員となる。
- 1887年(明治20年)4月 - 第二高等中学校へ教諭兼教頭として赴任。
- 1898年(明治31年)8月 - 新設された京都帝国大学理工科大学の教授に就任、電気工学科を創設。
- 1912年(明治45年)5月 - 京都帝国大学理工科大学の学長(現在の学部長)に就任。
- 1914年(大正3年)7月 - 京都帝国大学の理工科大学が理科大学と工科大学に分離され、京都帝国大学工科大学教授となる。
- 1919年(大正8年)1月 - 第7代電気学会会長となる[2]。
- 1920年(大正9年)12月22日 - 死去[3]。京都大学名誉教授となる[1]。
- 上記のほか、東京大学助教授を勤めた。