雨櫻神社
静岡県掛川市にある神社
From Wikipedia, the free encyclopedia
祭神
歴史

『大日本史』や『遠江国風土記伝』によると、延喜式神名帳における真草神社とされている。永仁年間の出火により社殿を焼失し、同地区にある尾崎宮(現在の六所神社)に遷座した。1397年(応永5年)には現在地に社殿が再建され、尾崎宮(六所神社)より遷座することとなった。1512年(永正9年)には今川氏親より社領75石を寄進される。明治時代には郷社となり、神饌幣帛供進社指定となる。
古来は「天櫻天王」とされていたが、山内一豊が掛川城主の頃に雨の和歌を桜木に結びつけたところ、すぐに降雨となり「雨櫻天王」と呼ばれるようになった。
祭事
垂木の祇園祭

7月中に8日間行われる祭事。由来は、雨櫻神社の社殿が焼失の際、社殿再建まで六所神社に合祀された御礼として神輿渡御が始まったとされている。 また、同地区の中村家に怪獣(大獅子)が現れ、小麦俵を食い破り猛り狂い、郷内武者7騎が倒した伝承が何時しか一緒になったと考えられる。そのため還御前日夜には中村家にて「獅楽式」が、還御当日には流鏑馬神事が行われる。一時途絶えることとなったが、近年再興された。神輿渡御と怪獣(大獅子)退治が祭事の根幹となり、この由来から期間中には小麦入りの「麦オコワ」が供えられる。
平成30年に掛川市無形民俗文化財に指定された。