雪と花火 (合唱曲)
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作品について
男声合唱組曲『雪と花火』は、 北原白秋が1913年(大正2年)に発表した3作目の詩集『東京景物詩及其他』(とうきょうけいぶつしおよびそのた[9][10][注 4])から、4編の詩が取り上げられている[1][2]。
『東京景物詩及其他』は1916年(大正5年)、第3版刊行の際に新たに詩1章12編が追加され『雪と花火』に改題された[2](※ 組曲名との混同を避けるため、以降、詩集名は元の『東京景物詩及其他』と記載する)。
官能的象徴詩としての作風を確立していた北原白秋は、近代都市として急激に変貌しつつある明治40年代の東京の情景を軽やかに歌いつつ、隣家の人妻「俊子[注 5]」との道ならぬ恋に苦悩する姿を赤裸々に描いている[2]。
第2曲「彼岸花」は、本組曲に先駆けて1955年(昭和30年)の全日本合唱コンクール課題曲公募で佳作を受賞した作品[1]。多田は、「どうせ、湿地の彼岸花 / 蛇がからめば身は細そる」のくだりで、悲しい遊女の姿を凝視していた詩人の視野が、「赤い、湿地の彼岸花 / 午後の三時の鐘が鳴る」のくだりでは「まるで映画のズームアウトのように、あたりの景観までも包み込んでいくような思いがして、北原白秋の詩情の見事さに感動しながら、曲づくりをしていった記憶がある」と記している[13]。
終曲の「花火」の配置は、多田が好むドビュッシーの『前奏曲集』第2巻終曲「花火」にあやかったもので、白秋が描く「両国の川開き」を、このころ世に出た山下清の貼り絵「両国の花火」にオーバーラップさせている[13]。
第1曲「片恋」の「曳舟」の読みは当初「ひきぶね」であったが、『多田武彦男声合唱曲集 1』第26刷(1998年10月31日付)で「ひきふね」に改訂された[1]。また、第3曲「芥子の葉」の「芥子(けし)」の読みは、当初「からし」であったが、前出のカリフォルニア大学グリークラブ演奏会で演奏された改訂版にて「けし」に改められた[1]。
曲目
楽譜
音楽之友社『多田武彦 男声合唱曲集(1)』ISBN 978-4-276-90813-0 に収録されている。