雲ながるる果てに 戦歿飛行予備学生の手記
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本書の発行は1952年。版元は、後に出版協同社(「世界の艦船」発行元の海人社の関係企業、戦記物の単行本を出版)の社長となる福林正之が当時経営していた日本出版協同株式会社。本書は、社団法人白鴎遺族会[2] によって編集され、刊行に向けて、第13期を中心に各期の海軍戦歿飛行専修予備学生の遺族・関係者から450通余りの遺書、遺詠、遺文が集められた[1]。緒方徹、神島利則、緒方襄、植島幸次郎、西田高光、植村真久、小島博らの遺稿60数編[1] が収録されている。
白鴎遺族会の杉暁夫初代理事長による「序」では、学徒兵の手記集の先駆けとなった「きけ わだつみのこえ」と同名映画とは立場を異にすることが表明されていた[1]。西田高光の鹿屋基地からの出撃を見送ったという当時、海軍報道班員で作家の山岡荘八に対する謝意[1] が付加されている。