雲井川 弁太夫(くもいがわ べんだゆう、生没年未詳)は、備中国(現在の岡山県)出身で安永年間の大相撲力士。最高位は関脇。所属部屋は不明。
安永2年(1773年)冬場所、江戸相撲で小結に付け出され、3勝0敗4休1無勝負の優勝相当成績だった。次の安永3年(1774年)春場所、関脇に上がって1勝3敗4休だったのを最後にたった2場所で江戸相撲からは脱退し、大坂相撲へと移って同年6月場所東大関で出た。同年8月、更に京都相撲に移り、頭書「九州」、下の名前も「岸之助」と改めたが、これ以降の消息は不明である[1]。