雲祥寺 (五所川原市)

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所在地 青森県五所川原市金木町朝日山433
位置 北緯40度54分13.94秒 東経140度27分16.70秒 / 北緯40.9038722度 東経140.4546389度 / 40.9038722; 140.4546389座標: 北緯40度54分13.94秒 東経140度27分16.70秒 / 北緯40.9038722度 東経140.4546389度 / 40.9038722; 140.4546389
山号 金木山
宗旨 曹洞宗
雲祥寺
所在地 青森県五所川原市金木町朝日山433
位置 北緯40度54分13.94秒 東経140度27分16.70秒 / 北緯40.9038722度 東経140.4546389度 / 40.9038722; 140.4546389座標: 北緯40度54分13.94秒 東経140度27分16.70秒 / 北緯40.9038722度 東経140.4546389度 / 40.9038722; 140.4546389
山号 金木山
宗旨 曹洞宗
宗派 通幻派
本尊 釈迦如来
創建年 1596年
開山 1667年
札所等 津軽八十八ヶ所霊場第7番札所
公式サイト https://www.kanagi-unshoji.jp/
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雲祥寺(うんしょうじ)は、青森県五所川原市金木町にある曹洞宗の寺院である。山号は金木山。慶長元年(1596年)に繁翁茂和尚によって創建され、寛文7年(1667年)に聖眼雲祝和尚を開山として迎えた。

雲祥寺開創について

南部櫛引(三戸郡舘村櫛引)城主武田甚三郎信建が、天正19年(1591年)、第二次九戸の乱の折、九戸方に加担して戦に敗れ[1]、津軽に逃れて、慶長元年金木山雲祥寺を建立。

金木雲祥寺新築始末

運祥寺は慶長元年(1596年)繁翁茂和尚の開設で、文化八年十五世愚全和尚中興してより170年経て次第に[2]老朽化し、大改築の必要に迫られた。

  • 昭和41年旧伽藍解体。
  • 昭和42年春彼岸中日をもって再建に着手。
  • 昭和44年秋、全伽藍完工。
  • 昭和45年9月、40名の僧侶、千数百名の壇信徒参詣によって落慶大法会が厳修された。

建築

本堂は総ヒバ造り[3]であり、山門は楼門建築となっている。

山門の上層部は吹き放しになっており、鐘堂になっている。下層部の両側には仁王像[4]が安置されている。

本堂は青森県産のヒバ材を使用した総ヒバ造りであり、屋根は入母屋造[5]、銅板葺きとなっている。

太宰治との関わり

運祥寺は、太宰の生家近くにある。雲祥寺及び同寺所有の「地獄極楽の御絵掛地」については、『思い出』(昭和8年)『津軽』(昭和19年)において語られている[6]

以下、『思い出』からの引用である。

”たけは又、私に道徳を教へた。お寺へ屡々連れて行つて、地獄極楽の御絵掛地を見せて説明した。”

”そのお寺の裏は小高い墓地になつてゐて、山吹かなにかの生垣に沿うてたくさんの卒塔婆が林のように立つてゐた。”[7]

行事と地域文化

アクセス

出典

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