霊雲寺
東京都文京区にある寺院
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歴史
元禄4年(1691年)、浄厳律師覚彦により創建された寺である。浄厳は寛永16年(1639年)、河内の生まれ[2]。10歳の時、高野山で得度し、後に河内の教興寺(飛鳥時代、秦河勝の開基と伝える。大阪府八尾市)、延命寺(空海の開基と伝える。大阪府河内長野市)などを再興した。浄厳は柳沢吉保の帰依を受け、時の江戸幕府将軍徳川綱吉から現寺地を得て、霊雲寺を開創した。元禄6年(1693年)には多摩郡上図師村(東京都町田市)に百石の寺領を得、元禄7年(1694年)には関八州の真言律宗の総本寺[1]とされた。
江戸幕府から朱印状を受けるなど幕府の保護を受け、関東における真言律宗の中心的な寺院であった。関東大震災、第二次世界大戦の戦災で堂宇を焼失し、現在の堂宇は戦後復興されたものである。昭和22年(1947年)に真言宗霊雲寺派を公称して真言律宗から独立した。
伽藍
鉄筋コンクリート造2階建ての大本堂(灌頂堂)は、総門、庫裏とともに昭和51年(1976年)に落成したものである。大本堂は正面階段を上がった2階部分に仏壇を構え、両部(金剛界・胎蔵界)の大日如来像2躯を本尊として安置する。1階には寺務所、書院などがある。