青山透子

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青山 透子(あおやま とうこ)は、日本航空123便墜落事故を題材とするノンフィクション作家。元日本航空客室乗務員[1]。東京大学大学院博士課程修了、博士号取得。

青山は日本航空で客室乗務員として勤務し、国際線にも乗務していたと紹介されている[1]。著者紹介によれば、その後、JAL客室訓練部のノウハウをもとに関連会社の講師となり、官公庁や企業等で接遇教育に携わったとされる[2]

『日航123便墜落 遺物は真相を語る』(2018年)、『日航123便 墜落の波紋:そして法廷へ』(2019年)とともに、3年連続全国学校図書館協議会選定図書に選定される[3]

2019年7月16日に早稲田大学で行われたシンポジウム「情報公開と知る権利--今こそ日航123便の公文書を問う」で、弁護士の三宅弘獨協大学教授の森永卓郎とともに講演した[4]

2021年3月、墜落原因に疑問を持った遺族が、ボイスレコーダーおよびフライトレコーダーのデータ開示を求めて東京地方裁判所に提訴したが、2022年10月に請求は棄却された[5]

主張と評価

青山は著作において、日本航空123便墜落事故について、事故調査報告書[6] と同時に公表された62-2-JA8119(航空事故調査報告書付録)日本航空(株)所属 ボーイング 747SR-100型 JA8119 群馬県多野郡上野村(JA8119に関する試験研究資料)の116頁を抜粋し、計算に用いた諸元の「異常外力着力点」を前提とした計算式より、垂直尾翼に外から着力した「飛翔体」について軍用装備品の可能性をひとつの仮説としている。この外力の存在については、理工学分野の米山猛金沢大学名誉教授と元日立製作所技術者安河内正也共著「フライトレコーダは語る」[7] とユーチューブ動画[8] を参照のこと。また、事故で発見された520名の遺体の焼損状態は通常の旅客機事故ではあり得ず、一般人が入手できない武器燃料が使用された可能性があるとも主張している。さらに、公式記録には存在しないF-4戦闘機2機がJAL機を追尾していたとする目撃証言を紹介し、航空自衛隊が墜落まで飛行状況を確認していた可能性を示唆している。これについては、当時の週刊誌に墜落する前に百里基地からF-4戦闘機が飛び立ったという記事がある。(週刊朝日、1985年8月30日)

また、事故で発見された520名の遺体の焼損状態は通常の旅客機事故ではあり得ず、当時、検死を行った群馬大学医学部法医学教室の古川研教授や日本大学医学部法医学教室の押田茂實教授らの論文(「日航機墜落事故現場報告、日本法医学会、1986年」、「古川研・鈴木和男・日航機墜落事故に関する特別報告、1986年、日本法医学会」、「死体からのメッセージ、洋泉社、2018年」や、群馬県警察本部作成の「日航機墜落事故事件・身元確認100事例集、昭和61年5月28日発行」等、医学的証拠資料をもとにして、遺体状況の異常さから、一般人が入手できない武器燃料が使用された可能性があるとも主張している。さらに、公式記録には存在しないF-4戦闘機2機がJAL機を追尾していたとする目撃証言を紹介し、航空自衛隊が墜落まで飛行状況を確認していた可能性を示唆している。

情報公開法で得た長野県消防防災課の記録「60・日航機墜落事故」(「青山透子著、40年の真実、2025年」)から、墜落したその日の夜には自衛隊が群馬県上野村の場所を特定して警察に報告していることが明らかになったことや、信濃毎日新聞の墜落当日の号外で群馬県上野村山中と書かれていることから、公表した墜落場所不明報道が誤情報であったことも明らかにしている。

事故原因については、運輸安全委員会(旧航空事故調査委員会)が公表した調査報告書において、後部圧力隔壁の不適切な修理に起因する損壊が原因とされている[9]。 しかし、この後部圧力隔壁説では不十分であるとし、群馬県検察は不起訴処分とし墜落原因は推定のままで止まっている。

2025年4月10日、参議院外交防衛委員会において佐藤正久議員が青山の著作内容を取り上げ、政府に事故原因に関する認識を質した。これに対し高橋克法国土交通副大臣は、調査報告書に基づき「事故原因は後部圧力隔壁の不適切な修理に起因する損壊である」と答弁した。さらに中谷元防衛大臣は、「自衛隊が墜落に関与した事実はない」と述べ、関与説を否定した[10]

これに対し青山は、同年5月2日に産経新聞上で、自身の著作は公文書や証言の分析に基づく仮説提示であると反論し、ボイスレコーダー等の原資料の開示が必要であるとの見解を示した[11]

なお、航空事故調査では、操縦室音声記録(CVR)など調査過程で収集された一部資料について、事故調査以外の目的での公開を原則として制限する国際的な取り扱い(ICAO附属書13の趣旨)があるとされている[12]。 ただし、1972年の日航ニューデリー墜落事故の裁判では、公開法廷で生のボイスレコーダーがマスコミも含めた傍聴者に公開され、その一年後には日本航空がボイスレコーダーを提供したNHKドキュメンタリー番組「明日への記録・空白の110秒、1973年6月15日放送」もある。最近では、映画「ハドソン川の奇跡」で、国会議員や航空会社関係者も含め、総勢200名以上で生のボイスレコーダーを聴く場面が出てくる。このように、ICAO附属13の趣旨は理由にならないことも明らかになっている。情報公開の世界的ルールの30年を超え日航123便の生データを日本航空が公文書に戻すこと、相模湾に沈めたままの機体残骸を引き上げての再調査することが重要であるとし、墜落原因に疑問を抱く遺族たちと共に活動している。

著書

脚注

外部リンク

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