青木仁志

From Wikipedia, the free encyclopedia

生誕 (1955-03-19) 1955年3月19日(70歳)[1][2]
日本の旗 日本 北海道函館市[1]
国籍 日本の旗 日本
肩書き アチーブメント株式会社
代表取締役会長 兼 社長
アチーブメント出版株式会社
代表取締役会長
公益財団法人 青木仁志啓育財団
理事長
一般財団法人 日本プロスピーカー協会
代表理事
青木あおき 仁志さとし
生誕 (1955-03-19) 1955年3月19日(70歳)[1][2]
日本の旗 日本 北海道函館市[1]
国籍 日本の旗 日本
職業 実業家経営者
肩書き アチーブメント株式会社
代表取締役会長 兼 社長
アチーブメント出版株式会社
代表取締役会長
公益財団法人 青木仁志啓育財団
理事長
一般財団法人 日本プロスピーカー協会
代表理事
テンプレートを表示
青木仁志の『人生経営哲学』-100回聞いたら豊かになる話-
人物
国籍 日本の旗 日本
YouTube
チャンネル
活動期間 2023年11月18日 -
ジャンル
登録者数 8.2万人
総再生回数 679万回
チャンネル登録者数・総再生回数は
2025年8月22日時点。
テンプレートを表示

青木 仁志(あおき さとし、1955年昭和30年3月19日 - )は、日本の実業家経営者。人材教育コンサルティング会社、アチーブメント株式会社を設立し、代表取締役会長 兼 社長を務める[3]

北海道函館市生まれ[1][4]

3歳の頃に両親が離婚し義理の母に育てられる。その後、実母に会いたい思いで17歳の頃に家出の形で東京へ向かい、履歴書の必要なかった溶接工見習いとなる[5][6][7]

19歳の頃、祖父への手紙の消印を手がかりに実母が見つける形で再会。再会後、御徒町で実母と喫茶店を経営[1]。その後、喫茶店で知り合った会社社長が経営する商社に就職[5]

1974年
  • 高級日用品販売部門のセールスマンになる[4][5][6]
1979年
1984年
  • 教育研修会社からヘッドハンティングを受けて転職[9]
1987年
  • アチーブメント株式会社 設立、代表取締役社長 就任[4][10][11]
1999年
  • アチーブメント出版株式会社 設立、代表取締役社長 就任[4][12]
2008年
  • アチーブメントダイニング株式会社 設立、取締役会長 就任[注釈 1][4]
2010年
2011年
  • 一般財団法人日本プロスピーカー協会 設立、会長兼代表理事 就任[14]
2012年
  • 法政大学大学院政策創造研究科にコース(講座)寄付[15]
  • アチーブメンプロデュース株式会社 設立、代表取締役社長 就任[注釈 2][4][16]
2014年
2015年
  • 一般社団法人日本ビジネス選択理論能力検定協会 設立、会長 就任[14][19]
2016年
  • アチーブメントトレーナー育成センター株式会社 設立、代表取締役社長 就任[注釈 2][20]
  • 一般財団法人東京メトロポリタンオペラ財団 設立、理事長 就任[21][22]
  • アチーブメントシステムズ株式会社 設立、代表取締役社長 就任[注釈 2][23]
2017年
  • アチーブメントHRソリューションズ 代表取締役社長 就任[14][24]
  • 復旦大学 日本研究センター 客員研究員 就任[14]
  • 日本選択理論心理学会 副会長 就任[14]
  • 日本CBMC 理事長 就任[14]
2018年
2021年
2023年
2024年


2025年

  • 「ナポレオン・ヒル財団」リーダーシップディベロップメント部門にて、アジア人初のゴールドメダリストとなる。[30]

人物・エピソード

  • 人生で1番大切なことは、『求めること』と語る[31]
  • 実母との再会は祖父に出した葉書の消印をヒントに実母が半年かけて探してくれた結果だったと語る[32]
  • 再会をきっかけに『自分は人間として存在して良いのだ』と思うようになったと語る[32]
  • ブリタニカ入社のきっかけは、『当時飼っていたドーベルマンの譲渡予定先がマネージャーだった事からだった』と語る[33]
  • ベストコンディション維持を目的に日曜は必ず休みを取り、3ヶ月に1回は海外に行っている[34]

出演

ラジオ

  • 青木仁志のトップリーダーと語る「成功の技術」(ラジオ日本、2022年12月2日〜)[35]

主な著書

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI