青木重夫
From Wikipedia, the free encyclopedia
本籍・栃木県[2]。農業経営者・青木梅三郎(杉孫七郎三男)の長男として生まれる[1][3]。父の死去に伴い、1941年(昭和16年)10月15日、子爵を襲爵した[1][3]。
1930年(昭和5年)、東北帝国大学法文学部を卒業[2][3]。1932年(昭和7年)、日本生命保険に入社し、その後、常磐簡易火災保険副支配人、日本火災保険副支配人、日本火災海上保険支配人を務めた[2][3]。その他、栃木県那須郡高林村(現:那須塩原市)で農林業の経営を行う[2]。
1946年(昭和21年)5月10日、貴族院子爵議員補欠選挙で当選し[4][5]、研究会に所属して活動し、1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した[2]。 その後は、青木農場の経営を続けた。1960年(昭和30年)8月9日、那須御用邸で静養中の昭和天皇、香淳皇后に拝謁する機会を得て、農場産のトウモロコシ、生シイタケを献上している[6]。