面高信俊 From Wikipedia, the free encyclopedia 面高 信俊(おもだか のぶとし[1][2]、1920年4月11日[1][2][3] - 2010年2月13日[1])は、日本の実業家。王子製紙副社長、王子ティッシュ販売社長、新王子製紙特別顧問などを歴任。 鹿児島県川辺郡加世田村武田(川辺郡加世田町武田、加世田市武田を経て現南さつま市加世田武田)生まれ[4]。鹿児島市へ移り上荒田で育つ[4]。荒田尋常高等小学校(現鹿児島市立荒田小学校)、鹿児島県立第二鹿児島中学校(現鹿児島県立甲南高等学校)、陸軍予科士官学校を経て[2]、1941年に陸軍航空士官学校を卒業し[3]、少尉として陸軍入隊[2]。1942年陸軍航空技術学校へ移り発動機の研究員[2]。1944年陸軍航空士官学校教官[2]。 戦後、1949年に東京工業大学工学部機械工学科を卒業し、日本パルプ工業へ入社[1][2][3][4]。在学中、日本パルプの太田武雄専務(後に社長)が大学の就職課を訪問した際に居合わせたのをきっかけに、入社が決まった[2]。日本パルプ工業では、1965年工務部長、1968年取締役・米子工場長[3]、1971年常務取締役、1976年専務取締役[1][2][3]。 1979年、日本パルプと王子製紙の合併によって王子製紙顧問となり、同年6月常務取締役、1981年専務取締役、1983年副社長[1]。1984年6月から王子ティッシュ販売(現王子ネピア)社長を兼任[2]。1987年日伯紙パルプ資源開発社長[1]。1991年勲三等瑞宝章受章[1]。1996年には新王子製紙特別顧問に就く[1]。2000年に王子製紙社友となる[1]。2010年2月13日、老衰のため89歳で死去[1]。 歴史学者の面高正俊(鹿児島大学名誉教授)は兄[1][3]、工学者の面高和光(中日本自動車短期大学教授)は弟[2]。 脚注 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 「面高 信俊」『現代物故者事典 2009~2011』日外アソシエーツ、2012年3月、152頁。ISBN 978-4-8169-2357-9。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 日刊ゲンダイ『社長200人の人と私生活』東都書房、1986年5月、84頁。 1 2 3 4 5 6 『現代人物事典 出身県別 西日本版』サン・データ・システム、1980年6月、1878頁。 1 2 3 『財界九州』第28巻第2号、財界九州社、1987年1月、65頁。 Related Articles