韓寒
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上海市金山区亭林鎮生まれ[3]。1999年、当時高校生1年生だった韓寒は、第1回新概念作文大会でグランプリを受賞した。翌2000年に、デビュー作となる小説『三重門』(zh, 簡体字表記:三重门, 日本語版題名『上海ビート』)を出版すると、45版・100万部を売る直近20年では中国最大のベストセラーの一つとなり[4]、韓寒現象と呼ばれるブームが起きた[5]。同書はその後も売り上げを伸ばして203万部に達している[6]。ほかに『他的国』など複数の小説やエッセイ集を発表しており、「80後」(1980年代生まれ)を代表する中国人作家と目されるようになっている[4]。なお、受賞後に高校の期末試験で不合格となり落第した韓寒は、高校を中退している[7]。
作家の次にはプロのラリードライバーとしても活動を始めた。レースは趣味だとする一方、印税収入と同じ程度の収入も得ていると本人は語っている[5]。レーサー転身後は、作家としての活動は減っている[4]。2009年の中国ラリー選手権では、グループNクラスで年度チャンピオンの座を獲得した[7]。
ブログを通じた社会批評も行っており、中国国内ではブロガーとしての人気も高い。政府や中国共産党の指導者、公務員などに対して痛烈な批判を展開しているが、民主化運動家などとは異なって正面切っての体制批判は避けているとも言われる。2006年からの4年間でのアクセス数は2億9600万回以上に達している。中国人民大学の張鳴教授は、韓寒の社会的影響力は、中国全土の大学教授を集めたよりも大きいと評している[6]。2009年中ごろには、中国で最も人気のあるブロガーとなっている[8]。
韓寒は、自身が編集長を務める雑誌『独唱団』の出版も試みている。2009年5月から計画されているが、2010年3月に至るまで実際の発行は行われていない。その原因について、韓寒自身は、作家の基本的な権利保護と雑誌の質の両立のための話し合いと執筆依頼を続けているからとブログ上で説明している。他方で、出版社が過激な内容の雑誌の刊行に二の足を踏んでいるためとの推測もある[9]。2010年1月に完成した創刊号は、表紙写真が中国共産党を揶揄しているとして検閲で不合格となっている[7]。
2009年4月には、淘宝網上に、自身の著作を販売するオンライン書店を開設した。開店当初の3日間で400冊以上が売れた[10]。
2010年には、雑誌『タイム』の「2010年 世界で最も影響力のある100人」にも、芸術家部門25人中の24番目で選ばれた[8][11]。なお、インターネット投票の結果では2位となっている[12]。
