本来百済の馬山県だったが、757年(景徳王16年)嘉林郡の属県となった。 940年(太祖23)韓山に直され、1175年(明宗5年)監務を設置して鴻山を共に治め、後に昇格して韓州となった。
1413年(太宗13年)に韓山郡となり、1914年行政区域改編の際、舒川郡に併合され、韓山面となった。地名の由来から牛頭山や馬山などは、いずれも地形の様子を意味することで、広い平野の中にある乾止山・麒麟山・崇井山・鷲峯山などに囲まれたここの容貌から出たのだ。
朝鮮時代にはここが錦江の下流にあり、川辺には朽浦・瓦浦・芽浦などの浦口と海倉があり、連山・林川・舒川・咸悦・臨陂などとつながる道路網が発達した。
この地方を中心に生産される韓山カラムシ織は、古くから知られているこの地方の特産物である。1,300余年前から伝わってくる韓山素麴酒も古くから有名だ[1]。