韓語学所
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概要
韓語(朝鮮語)は当時の対馬の島民にとって、藩政時代以来、交易上最も必要な外国語であった。1872年(明治5年)に厳原の吉副喜八郎、越粕太郎らの発起により、外務省が厳原町久田道にある光清寺に、韓語の教育学校「韓語学所」を開設した。その後、維新政府の対朝鮮政策もあって、韓語教育の重要性は増していった。1880年(明治13年)に、東京外国語学校(現在の東京外国語大学)へ移されるまでの間、1875年(明治8年)9月に発生した江華島事件やその後の朝鮮修好交信使来日の際に、韓語学所の学生が通訳として活躍した。
- 光清寺の現住所 - 〒817-0031 長崎県対馬市厳原町久田道1498(北緯34度11分56秒 東経129度17分15秒)
