須藤靖貴
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エピソード
豊島区池袋出身。城北埼玉高等学校、駒澤大学文学部卒業。製薬会社の営業、スポーツ雑誌編集者を経て健康雑誌編集者のとき1999年『俺はどしゃぶり』で第5回小説新潮長編小説新人賞を受賞しデビュー。以来、職歴を活かし、スポーツを題材とした青春小説を多く発表している[1][2] 。日本推理作家協会会員 [3]。
2005年『かしわでヘイルメリー』で江戸川乱歩賞候補。2011年『どまんなか』でサムライジャパン野球文学賞ベストナイン。2015年『3年7組食物調理科』で日本児童文学者協会賞候補[4]。2015年より桜美林大学非常勤講師、2019年より京都芸術大の非常勤講師を務める。
- 大学卒業後、就職した企業では直属の上司がラグビーとアメリカンフットボールの違いも分からなかった。その上司は体育会系の須藤とは対照的であり、無類のケチ。ある土曜日、昼食抜きで上司の手伝いを終え、今宵はさすがに奢ってもらえるかと思ったら、喫茶店でスパゲティナポリタンを胸やけがしそうなほど食べさせられた挙句、割り勘を申し出られた。この時、須藤は上司の胸に皿の上のフォークを突き刺しそうになったという。須藤が転職して相撲記者になった後、その上司は全国紙に載るような事件で逮捕された[5]。
- ベースボール・マガジン社では『アメリカンフットボールマガジン』、『相撲』の編集部に所属。『相撲』在籍時は若・貴全盛期。「なんとも素晴らしいときに異動の幸運を得た」と須藤は語っている。そのときの編集長は十枝慶二(現・相撲ジャーナリスト)。小錦(当時は大関から陥落して幕内)の取材のときにセッティングの不具合があり、「お前、ちゃんとやれよ」と軽く肩をどつかれたのだが、全治2週間の打撲痕が残ったという。
- 大の酒好き。日本酒党。ツマミも自分で作る。
- 健康雑誌『だいじょうぶ』の編集部員だったこともあり、健康情報オタク。身体の炎症を抑える食事法で20㎏の減量に成功した。持病のアトピー性皮膚炎も軽減したという。
- しかし、41歳の厄年に自己免疫疾患『ギランバレー症候群』で3か月の入院生活を送る。
受賞・候補
- 1999年『俺はどしゃぶり』で第5回小説新潮長編小説新人賞受賞
- 2005年『かしわでヘイルメリー』で第51回江戸川乱歩賞候補
- 2011年『どまんなか』で第2回サムライジャパン野球文学賞ベストナイン
- 2013年『セキタン!』で小学館児童文学賞候補
- 2015年『3年7組食物調理科』で第55回日本児童文学者協会賞候補