領ヶ谷城 From Wikipedia, the free encyclopedia 城郭構造 平城天守構造 なし築城主 佐々木盛綱?築城年 平安時代末?logo領ヶ谷城(埼玉県) 領ヶ谷城跡に建つ料亭城郭構造 平城天守構造 なし築城主 佐々木盛綱?築城年 平安時代末?主な城主 佐々木盛綱、佐々木持清、千葉国胤[1]廃城年 不明遺構 土塁指定文化財 未指定位置 北緯35度51分0.2秒 東経139度40分58.1秒 / 北緯35.850056度 東経139.682806度 / 35.850056; 139.682806 領ヶ谷城 テンプレートを表示 領ヶ谷城(りょうがやじょう)は、埼玉県さいたま市南区太田窪にあった日本の城。 旧浦和市の中央部である現在のさいたま市南区太田窪にあった平安時代末期の城跡で、佐々木盛綱[注釈 1]によって築城されたと伝わる。 現在城跡には鰻屋料亭である「幸楽園」が営業しており、「領ヶ谷城址」と店舗看板にも明記されるほか、公式ウェブサイトにも城に関する記述がみられる。また料亭周辺は「領ヶ谷城遺跡(遺跡番号01-213)」として周知されている[2]。店舗は1930年(昭和5年)に開業し、昭和半ば頃までは周辺に状態のよい土塁が残されていたが、現在は宅地開発の影響で消滅している部分が多い。 城の部分は高台であるが、西側は上谷沼調節池(元上谷沼)や藤右衛門川などが流れる低地が広がる[3]。 アクセス 埼玉県さいたま市南区太田窪2235 京浜東北線・武蔵野線南浦和駅東口から車で5分程度。 国際興業バス 南浦和駅 - 柳崎循環線 「善前」下車徒歩5分 脚注 注釈 ↑ この地域では「佐々木守綱」の表記で伝わっている。 出典 ↑ 「旧領ヶ谷城址」幸楽園公式HP ↑ さいたま市/埋蔵文化財(さいたま市地図情報)さいたま市公式HP ↑ さいたま市南区自治会連合会. 参考文献 浦和市史 “さいたま市南区自治会連合会”. 2022年2月8日閲覧。 守光院オフィシャルサイト 関連文献 「大田窪村 舊蹟 壘蹟」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ143足立郡ノ9、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:763998/61。 関連項目 日本の城一覧 外部リンク 領ヶ谷城 - ユーエム・サクシード株式会社(ニッポン城めぐり) Related Articles