『日本書紀』の神武東征において、記紀全体で唯一「顕斎」の語が登場する。
大和を目指す神武天皇は熊野から吉野へ入ったが、大和平野は土着の豪族が跋扈しており天皇の分け入る隙がない。その時、神夢により、天香久山の土により天平瓮、厳瓮をつくり、天神地祇を祀るよう命じられた。椎根津彦と弟猾が潜行して調達してきた土で土器を奉製し、丹生川上にて祭を斎行した。その祭の次第についても、記されている。
- 榊を立てて諸神を祭る。
- 厳瓮の置物があって顕斎が成り立つ。
- 道臣命を斎主としてこれを厳姫と名付ける。
- 奉製した土器を用いて稲魂を炊く。
- 天皇が厳瓮の粮を嘗する。
その後、神武天皇は大和平野を平定して橿原宮において即位した。