風塵社
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| 風塵社 | |
|---|---|
| 正式名称 | 株式会社風塵社 |
| 現況 | 事業継続中 |
| 種類 | 株式会社 |
| 市場情報 | 非上場 |
| 出版者記号 | 938733, 7763 |
| 取次コード | 7593 |
| 法人番号 | 1010001006837 |
| 代表者 | 小松尚志[1] |
| 本社郵便番号 | 〒113-0033 |
| 本社所在地 | 東京都文京区本郷3-22-10 加藤インテリアビル |
| 外部リンク | https://blog.goo.ne.jp/wind-dust |
初代社長・出版・編集代表は小野太久一郎(おの たくいちろう)。広島県出身。広島県立府中高等学校を経て同志社大学理工学部中退。元風濤社社員。小野社長の時代は大衆芸能やサブカルチャーに関する書籍を主に刊行していた。営業代表は桑田淳[2]。
第二代社長は小松尚志(こまつ たかし)。長野県出身。長野県松本深志高等学校で陸上部に所属。京都大学志望だったが共通一次試験の得点が足りず、浪人して九州大学文学部に入学、留年を繰り返して卒業。黒色戦線社や太平出版社や風濤社を経て風塵社に入社、編集・営業代表をつとめていた[3]。小野も小松も風濤社では初代社長高橋行雄のもとで働いた経験を持つ。高橋行雄は、呉智英『バカにつける薬』にて「風雪書房・高木社長」の変名のもとに戯画化された人物で、旧制土浦中学校(現・土浦第一高等学校)の入試に失敗、1950年代には「吉田和夫」の変名で日本共産党水戸第五細胞の責任者としてオルグ活動などに勤しんでいたが、ソ連の核実験の是非をめぐり東大法科卒のいいだももに公開の場で徹底論破されたことから後年に至るまでルサンチマンを引きずっていた[4](高橋は六全協以降、党から除名処分を受ける)。
小松が経営を引き継いでから鹿砦社との関係を深め、無政府主義や新左翼に関する書籍をも刊行するようになり、救援連絡センターの月刊紙『救援』の編集に協力している。一方、中杉弘の『日本建国の謎に迫る』『生きている大日本帝国』といった右翼的なオカルト本も刊行している。2026年現在、社員は小松だけである。小松はアナキストを標榜するが、風濤社時代は給与振込口座を郵便局に持ち、「郵便貯金が政府の資金源になっているのを知らないのか」と高橋行雄に嘲笑されていた。
小松は著名人の墓参(墓めぐり)を趣味としており、2010年12月には愛妻の和代とともに日本テレビ『ぶらり途中下車の旅』に出演した[5]。