飯塚祐司 From Wikipedia, the free encyclopedia 飯塚 祐司 国籍 日本 生誕出生地 (1974-05-17) 1974年5月17日(51歳) 日本北海道 ポジション フォワード 学歴 北海道釧路工業高等学校 所属歴 王子製紙 代表 日本 プロ選手期間 年 – 現在 飯塚 祐司(いいづか ゆうじ、1974年5月17日[1] - )は、日本の元アイスホッケー選手、アイスホッケー指導者。 現在、アイスホッケー女子日本代表監督[1]。 北海道釧路市出身[1]。北海道釧路工業高等学校卒業後に王子製紙に入社[1]。アイスホッケー選手として日本リーグでプレー[1]。 現役引退後に指導者に転身[1]。2008年に男子U-20日本代表コーチを務め、その後にアイスホッケー女子日本代表監督に就任[1]。2009年冬季ユニバーシアード(ハルビン/ 中国)及び2011年アジア冬季競技大会(アルマトイ&アスタナ/ カザフスタン)で女子日本代表を率い、アジア大会では準優勝を収めた[2]。 女子日本代表を率いて冬季オリンピック出場を目指し、2010年バンクーバーオリンピック世界最終予選(上海/ 中国)に臨んだ際は、最終戦で中華人民共和国に0-2で敗れて出場権を逸した[3]。その雪辱を賭けて臨んだ2014年ソチオリンピック世界最終予選(ポプラト/ スロバキア)では1勝1敗の勝ち点4でデンマークとの直接対決を迎え、決戦を5-0で制して1998年長野オリンピック以来のオリンピック出場に導いた[1][4]。 ソチ五輪終了後に退任したが、2016年に女子代表コーチとして復帰し、2018年7月からは再び女子代表監督[1]。2022年北京オリンピックに出場した[1]。2025年2月の五輪予選では3戦全勝し、ミラノ・コルティナオリンピックへの出場が決定[1]。2025年現在、昭和医科大学の人事部に勤務[1]。 親族 日本製紙クレインズでプレーし、同チームのマネージャーを務めた飯塚洋生は実弟[5]。 脚注 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 【アイスホッケー】飯塚祐司スマイルジャパン監督インタビュー「メダルを目標にする前に、世界選手権で結果を出したい」‐BBMスポーツ ベースボールマガジン社、2025年3月7日 ↑ 【アジア冬季大会】2月3日、日本代表選手団は金メダル2、銀メダル3、銅メダル2を獲得 JOCニュース 2011年2月4日付 ↑ 中国に完敗…日本女子3大会ぶり五輪ならず スポーツニッポン 2008年11月9日閲覧 ↑ 氷上のなでしこ”アイホケ乙女が日本勢ソチ1号 スポーツニッポン 2013年2月11日閲覧 ↑ 勝負の時! 氷上の格闘技の「語りべ」(加藤じろう)2008年4月8日付 表話編歴2014年ソチオリンピックのアイスホッケー女子日本代表スタッフ 監督 飯塚祐司 コーチ 藤澤悌史 カーラ・マクラウド スコット・レイド(英語版) 山家正尚 選手 GT 1 中奥梓 29 小西あかね 30 藤本那菜 DF 2 小池詩織 3 近藤陽子 4 床亜矢可 5 青木香奈枝 6 鈴木世奈 7 堀珠花 9 竹内愛奈 FW 8 山根朋恵 10 米山知奈 11 足立友里恵 12 大澤ちほ 13 藤本もえこ 15 浮田留衣 17 平野由佳 18 坂上智子 19 獅子内美帆 21 久保英恵 23 中村亜実 24 青木亜優子 表話編歴2018年平昌オリンピックのアイスホッケー女子日本代表スタッフ 監督 山中武司 コーチ 飯塚祐司 春名真仁 選手 GT 1 藤本那菜 29 近藤真衣 30 小西あかね DF 2 小池詩織 4 床亜矢可 6 鈴木世奈 7 堀珠花 8 細山田茜 9 竹内愛奈 28 志賀葵 FW 8 山根朋恵 10 米山知奈 11 足立友里恵 12 大澤ちほ 13 藤本もえこ 14 床秦留可 15 浮田留衣 16 寺島奈穂 18 高涼風 19 獅子内美帆 21 久保英恵 22 岩原知美 23 中村亜実 27 小野粧子 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。表示編集 Related Articles