飯島光雄
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日本統治時代の朝鮮で生まれる[1]。埼玉県立浦和高等学校を経て[2]、1956年一橋大学法学部卒業、外務省入省[1]。国際連合日本政府代表部一等書記官[3]、国際連合日本政府代表部参事官[4]、外務省経済協力局書記官を経て、1976年外務省経済協力局技術協力第二課長[5]。1978年在パキスタン日本国大使館参事官[6]。
1981年在ノルウェー日本国大使館公使[7]。1983年内閣審議官(内閣官房内閣審議室)兼インドシナ難民対策連絡調整会議事務局局長[8][9]。
1986年駐トリニダード・トバゴ兼アンティグア・バーブーダ兼グレナダ兼セント・ヴィンセント兼セントクリストファー・ネービス兼ドミニカ特命全権大使[10][11]。1990年駐ジンバブエ兼ナミビア特命全権大使[12]。1991年駐ジンバブエ兼アンゴラ兼ナミビア兼モザンビーク特命全権大使[13]。1994年退官[1]。2007年瑞宝中綬章受章[14]。2021年叙正四位[15]。
著書
- 『黄昏独語 : たそがれのひとりごと』けやき書房 1998年
- 『夢想独語 : 夢見る者のひとりごと』けやき書房 2001年
脚注
- 1 2 3 飯島無寂 プロフィール本・CD・DVD・ブルーレイ・グッズの通販はHMV&BOOKS online
- ↑ 週刊読売 39(33)(1659);1980・8・10
- ↑ 官報昭和49年本紙第14182号 14頁
- ↑ 官報昭和49年本紙第14227号 14頁
- ↑ 官報昭和51年本紙第14984号 10頁
- ↑ 官報昭和53年本紙第15355号 15頁
- ↑ 官報昭和56年本紙第16374号 8頁
- ↑ 官報昭和61年本紙第17703号 11頁
- ↑ 官報昭和58年本紙第17026号 8頁
- ↑ 官報昭和61年本紙第17707号 9頁
- ↑ 官報昭和61年本紙第17747号 7頁
- ↑ 官報平成2年本紙第477号 10頁
- ↑ 官報平成3年本紙第569号 10頁
- ↑ 官報平成19年号外第89号 12頁
- ↑ 官報令和4年本紙第665号 8頁
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| 名誉総領事 | |
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| 全権大使 | |
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| 在ソールズベリー総領事 | |
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| 在ジンバブエ特命全権大使 | |
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| 全権大使(ダルエスサラーム駐在) |
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| 全権大使(ハラレ駐在) | |
| 全権大使(プレトリア駐在) |
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| 全権大使(マプト駐在) | |
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| 全権大使(ハラレ駐在) | |
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| 全権大使(ルアンダ駐在) | |
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