飯島誠 (自転車選手)
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| 基本情報 | ||||
| 本名 |
飯島 誠 いいじま まこと | |||
| 生年月日 | 1971年2月12日(54歳) | |||
| 国籍 |
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| 身長 | 169cm | |||
| 体重 | 63kg | |||
| 選手情報 | ||||
| 所属 | チーム ブリヂストン サイクリング | |||
| 分野 | ロードレース,トラック | |||
| 役割 | 監督 | |||
| アマチュア経歴 | ||||
| スミタ・ラバネロ・パールイズミ | ||||
| プロ経歴 | ||||
| 2004-2010 | ブリヂストンアンカー | |||
| 監督経歴 | ||||
| 2018- | チーム ブリヂストン サイクリング | |||
| 主要レース勝利 | ||||
| アジア選手権ポイントレース 2006 | ||||
| 最終更新日 2019年6月21日 | ||||
飯島 誠(いいじま まこと、1971年2月12日 - )は、東京都出身の自転車競技選手である。トラックレース・ロードレース両方で活躍した。
中学3年時に東京都日野市のショップ「ツルオカ」のクラブチームに加入し、自転車競技を始める。飯島の身体能力は当時から別格で、いきなりクラブの練習で和田峠などに連れて行かれても楽々と追走していたという[1]。
その後八王子工業、中央大学を経て、スミタラバネロパールイズミに加入。2009年にはチーム・ブリヂストン・アンカーに所属。プロになってからも多摩川サイクリングロードで練習することが多く、栗村修らと「多摩川連合」なるグループを作っていた[2]。
ロードレースとトラックレースの両方で活動し、とりわけトラックレースでは、シドニーオリンピック、アテネオリンピック、北京オリンピックに出場(いずれもポイントレース)。北京オリンピックのポイントレースで8位入賞を果たした。
東南アジアでのステージレースに強く、ジャラジャウ・マレーシアでステージ3勝、ツール・ド・イーストジャワでステージ1勝を挙げている。
2010年のジャパンカップサイクルロードレースで引退[3]。 2012年3月11日JBCFしもふさクリテリウムでアクアタマの選手として現役復帰。2014年限りで引退。
2011年から、J SPORTSのサイクルロードレース中継で、解説者としてテレビ出演している。2021年からは、新たな方式の競輪・PIST6の解説番組にも出演している。
2016年リオデジャネイロオリンピック自転車中距離ヘッドコーチ就任[4][5]。
2018年、チーム・ブリヂストン・アンカーの後継チームであるチーム ブリヂストン サイクリングの総監督に就任[6][7]。