養蚕村

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廃止日 1954年2月1日
廃止理由 編入合併
真壁郡養蚕村竹島村下館町
現在の自治体 筑西市
日本の旗 日本
こかいむら
養蚕村
廃止日 1954年2月1日
廃止理由 編入合併
真壁郡養蚕村竹島村下館町
現在の自治体 筑西市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 茨城県
真壁郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
隣接自治体 古里村村田村嘉田生崎村
大田村、竹島村
養蚕村役場
所在地 茨城県真壁郡養蚕村大字成田
座標 北緯36度18分26秒 東経139度58分59秒 / 北緯36.30711度 東経139.98308度 / 36.30711; 139.98308座標: 北緯36度18分26秒 東経139度58分59秒 / 北緯36.30711度 東経139.98308度 / 36.30711; 139.98308
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養蚕村(こかいむら[1])は茨城県真壁郡にかつて存在した村である。

歴史

現在の筑西市の中部、旧下館市の東部に位置する。村のほとんどは平地である。村内には小貝川五行川が流れている。

現在一帯は養蚕(ようさん)地区と呼ばれ、筑西市立養蚕小学校[2]や養蚕公民館[3]の読みはいずれも「ようさん」である。

しかし『下館市史』によれば[4]、「本村は小貝川沿岸に位置する農村であり、養蚕業が盛んであったので、小貝を養蚕と改め新村名を養蚕と称することになった」とあるため、「養蚕」の当初の読みは小貝と同じ「こかい」だったと思われる[5]大正13年(1924年)発行の『眞壁郡鄕土史』[6]には、小貝川の説明として「蠶飼川 子飼川養蠶川或は小貝川」とあり、小貝川そのものを養蠶川(「蠶」は「蚕」の異体字)と表記することもあったようである。

同じ小貝川沿いには蚕飼村(こかいむら・結城郡)、小貝村(こかいむら・栃木県芳賀郡)もあった。

村域の変遷表

1868年
以前
明治22年
4月1日
昭和29年 平成17年
10月1日
現在
2月1日 3月15日
成田村 養蚕村 下館町
に編入
市制 筑西市 筑西市
島村
蕨村
塚原村
上川中子村
下中山村
川連村
茂田村
徳持村
大塚村

人口・世帯

人口

総数 [単位: 人][7]

1891年(明治24年) 2,202
1920年(大正 9年) 2,565
1935年(昭和10年) 3,086
1950年(昭和25年) 4,265

世帯

総数 [単位: 世帯][7]

1920年(大正 9年) 465
1935年(昭和10年) 558
1950年(昭和25年) 748

脚注

参考文献

関連項目

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