香城敏麿
日本の裁判官
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概要
東京大学法学部を卒業[1][3]。1958年に司法修習生となる[3]。1960年4月に東京地裁判事補となり、1962年8月から法務省刑事局付検事となり、アメリカ留学を経て、1970年に東京地裁判事に就任[4][3]。1973年から最高裁調査官として猿払事件や全逓名古屋中郵事件に関与[4][5]。1978年4月に大阪高裁判事、1981年4月に東京高裁判事、1985年11月に東京地裁部総括判事を、1988年4月に最高裁上席調査官に就任[6][5]。その後、東京高裁判事、大分地・家裁所長、静岡地裁所長、東京高裁部総括判事を歴任[5]。1999年4月に福岡高裁長官に就任し、2000年8月に定年退官した[1][5][7]。
2001年に独協大法学部教授[8]。同年11月に電気通信事業紛争処理委員会委員長に就任[8]。健康上の理由で2007年2月に電気通信事業紛争処理委員会委員長を退任[9]。
2007年3月に死去[10]。