馬淵寅雄 From Wikipedia, the free encyclopedia 馬淵 寅雄(まぶち とらお、1902年8月18日[1] - 1977年11月14日[2])は、日本の経営者。岐阜県[3]揖斐郡大野町出身[1]。 1921年に岐阜県立農林学校を卒業[1]。1926年に攻玉社高等工学校土木科を首席で卒業し[1]、同年に東京横浜電鉄(のちの東京急行電鉄)に入社[1][3]。1939年9月に工務部保線課長[1]、1946年1月に工務部部長に昇進[4]。1948年6月に取締役に就任し[5]、東急会館・渋谷地下街・東急文化会館など渋谷駅の再開発事業の推進を行った[6]。1955年11月に常務、1958年5月に東急不動産常務、1964年11月に専務、1966年5月に東急電鉄専務[2]、1968年6月に東急建設副社長を経て、1972年7月から1973年5月までに同社社長を務めた[3]。 1965年11月に藍綬褒章を受章し、1973年4月に勲三等瑞宝章を受章[3]。 1977年11月14日心不全のために東急病院で死去[2][7]。75歳没。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 6 小野田 2016, p. 14. 1 2 3 小野田 2016, p. 17. 1 2 3 4 人事興信所 1975, ま8頁. ↑ 小野田 2016, pp. 14–15. ↑ 小野田 2016, p. 15. ↑ 小野田 2016, p. 16. ↑ 1977年 11月16日 読売新聞 朝刊 p23 参考文献 人事興信所 編『人事興信録 第28版 下』人事興信所、1975年。 小野田滋「鉄道人物伝 東急の大プロジェクトとともに 馬淵 寅雄」『RAILFAN』第747号、鉄道友の会、2016年10月1日、14-17頁。 先代五島昇 東急建設社長1972年 - 1973年 次代八木勇平 Related Articles