駒木川蔵太郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 駒木川 蔵太郎(こまきがわ くらたろう、1896年8月10日[1] - 1952年10月28日[2])は、大正時代の力士。振分部屋所属。本名は吹田 蔵太郎[1]。青森県南津軽郡蔵舘村(のち蔵舘町、現・大鰐町)出身[1]。最高位は西十両7枚目。 1914年、浪ノ音健藏の振分部屋に入門[1]。翌1915年1月場所で初土俵を踏む[1]。順調に番付を上げ初土俵から4年目の1919年1月場所、十両に昇進した[2]。しかし、場所前の稽古で膝を痛め、本場所に強行出場したものの0勝2敗1預の成績に終わった[2]。この膝の怪我により2場所連続休場となり、1920年1月場所で廃業した[2]。 廃業後は満州に渡り、馬賊の頭目になった[1]。 1952年に56歳で死去した[2]。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 6 『あおもり力士よもやま話』第2巻、11頁。 1 2 3 4 5 『あおもり力士よもやま話』第2巻、12頁。 参考文献 『あおもり力士よもやま話』第2巻 奈月ひかる、北の街社 関連項目 大相撲力士一覧 Related Articles