高井利五郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 高井 利五郎(たかい としごろう、1871年 - 1929年)は、日本の教育者。 徳島県板野郡三俣村にて、長尾惣五郎の次男として誕生。東京高等工業学校建築科卒。 旧徳島藩士・高井幸雄の娘・シウ子と結婚し、同家の婿養子となる。明治37年に徳島県立工業学校教諭となったのを皮切りに、明治39年に香川県立工芸学校長、大正3年に広島県立職工学校長、大正13年に台北州立台北工業学校長(第4代)に就任した。昭和4年現職のまま死去(59歳)。 台北工業学校時代の綽名は「トマト」であった。 栄典 1919年(大正8年)8月11日 - 従五位[1] 1924年(大正13年)12月15日 - 正五位[2]。 著書 『最近踏査鮮満支那の教育と産業』大正12年 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『官報』第2106号「叙任及辞令」1919年8月12日。 ↑ 『官報』第3707号「叙任及辞令」1924年12月29日。 外部リンク - 台北科技大学ー通識教育ー資料庫系統 難忘師恩 - 台北科技大学ー通識教育ー資料庫系統(中国語) 典拠管理データベース 全般 VIAF 国立図書館 日本 Related Articles