高井蘭山
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蘭山の母方の伯父に龍隣庵素月という俳人がいたこと、蘭山の祖父は仕官の身で俳諧を嗜み、倫菊と称したが享保年中に没したこと、蘭山自身も幼少期から明和・安永年中の20代にかけて俳諧宗匠と交流していたこと、大石喜章が蘭山の妹婿であることが明らかになっている[1]。蘭山自身は、下谷から芝伊皿子に移り住み、江戸幕府に与力として仕えていた[1]。
寛政3年(1791年)刊『年中時候弁』、同4年(1792年)刊『訓蒙天地弁』を著して以来、漢籍・往来物・女訓書・字書などといった啓蒙書を著した。著述活動の背景には、書肆・星運堂花屋久次郎の存在が大きい[1]。
享和3年(1803年)刊『絵本三国妖婦伝』が最初の読本で、文化2年(1805年)から曲亭馬琴の後を受けて『新編水滸画伝』を翻訳した。文化5年(1808年)『孝行嫰物語』『那智の白糸』を刊行する。文化6年(1809年)『星月夜顕晦録』は歴史に取材する作風を見せ、『奇譚青葉笛』『復讐手引糸』『絵本重編応仁記』『平家物語図会』『鎌倉年代記』といった類似した作風の作品を刊行した[2]。