2006年に日本国立民族学博物館がネパール写真データベースを公開した[4]。データベースに収められた写真に1958年の「西北ネパール学術探検隊」(隊長:川喜田二郎)に参加した高山龍三らが現地で撮影した3,584点と、同隊がネパールで収集した標本資料の295点の合計3,879点がある。
- 河口慧海研究
河口慧海の資料調査・研究公刊を生涯にわたって続けた。河口慧海については、黄檗文化研究所の雑誌『黄檗文華』において、第120号から137号にわたって調査研究の成果を発表した。それは、「国内の著作にみる河口慧海」1~8、「国内外の著作にみる河口慧海」1~7、「人物書誌大系『河口慧海』補遺」1~3である。河口慧海の日本国内での評価、慧海を扱った著作の概観、国内外の慧海について言及・引用された著作などが丹念にまとめられ、河口慧海に関する包括的かつ貴重な文献解題・目録となっている。
2004年に慧海の日記が新たに発見された際にもその整理・研究を手掛け、新版「著作集」に収録するなど増補に余念がなかった。『チベット旅行記』が講談社学術文庫で改訂刊行された際には、校閲解説も担当している。晩年には複数の慧海研究本を刊行している。