高岡銀行
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1885年(明治18年)10月に(初代)高岡銀行を開業したのが始まりである[3]。
1889年(明治22年)4月20日に保証有限責任会社高岡銀行を設立して(初代)高岡銀行の業務を継承し、1894年(明治27年)1月15日に(2代目)株式会社高岡銀行に改組された[3]。
1919年(大正8年)12月14日に(2代目)高岡銀行が生地銀行を合併している[3]。
1920年(大正9年)6月2日に高岡共立銀行と新設合併して設立する(3代目)高岡銀行の合併認可が下り、同月18日に設立して同月21日に開業した[3]。
同年11月に共通銀行を合併したのを皮切りに、1927年(昭和2年)3月1日に砺波銀行、1935年(昭和10年)8月10日に岩瀬銀行と合併した[3]。
1936年(昭和11年)8月10日に黒部銀行及び入善銀行の営業を譲受し、1938年(昭和13年)2月6日に泊銀行を合併、1939年(昭和14年)6月30日に新家銀行を合併、同年10月31日に高岡商業銀行を合併、1941年(昭和16年)8月17日に氷見銀行を合併と近隣の銀行を吸収して規模を拡大した[3]。
戦争遂行のための国策として「一県一行」の方針が採られたことから富山市を拠点としていた十二銀行と富山銀行や砺波市を中心に営業していた中越銀行と合併して北陸銀行となり、その歴史に終止符を打った[1][3]。