高川定子
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中仙町立豊成中学校時代に、姉の影響でバスケットボールを始める[2]。秋田県立角館南高等学校卒業後、共同石油に入社[1][2]。入社3年目に同郷の中村和雄が共石のコーチに就任すると、キャプテンに抜擢されるが、左足の怪我などもあり、レギュラー定着は6年目の1977-1978年シーズンと遅咲きの選手だった[3]。1978-1979年シーズン、1979-1980年シーズンのチームの日本リーグ連覇に貢献し[1][4]、1978-1979年シーズンではリーグベスト5にも選ばれた。
派手さはないが、中村コーチは高川を精神的な強さを持った選手として、高く評価していた[3]。
全日本にも選ばれ、1978年アジア競技大会にも出場。