高幡不動胎内文書
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この文書は南北朝時代の武士山内経之が戦死した際、菩提を弔うために集め像内に納めたものが伝来したものである。これらは昭和初年に本尊の首の辺から束ねた形で発見された。昭和60年(1985年)からの文化財総合調査でその重要性が指摘され、その後日野市教育委員会の手で数年をかけて全容が解明され、全国に類例のない中世武士の貴重な文書として重要文化材に指定された。69通のうち50通が山内経之の自筆書状と認められている。高幡不動尊の本尊像(丈六不動明王)が、建武2年(1335年)の大風で倒壊後、康永元年(1342年)に修復された際に、この文書群が像内に納められたと考えられている。
内容は戦場から家族や僧に宛てられた手紙が主で、戦場での様子や戦が長引いたことによる困窮ぐあい、残した家族に心配をかけさせない様子が記載されている。