高幡台団地

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高幡台団地

高幡台団地(たかはただいだんち)は、日本住宅公団東京都日野市に造成した大規模公団住宅[1]。現在はUR都市機構が管理している。所在地は東京都日野市程久保650。

それまで山林であった日野市程久保、三沢に日本住宅公団が造成した全敷地面積35.20haの住宅団地である[1]1968年(昭和43年)12月28日に造成が決定し、1970年(昭和45年)に一部竣工、同年9月から入居が始まった[2][1]。なお、全戸の竣工は翌1971年(昭和46年)11月である[1]。なお、ほぼ同時期に日野市では同じく日本住宅公団によって百草団地が造成されている[2]

基本データ

出典:[3]

  • 入居開始時期:1970年度(昭和45年度)
  • 住棟数:中層棟45棟
  • 戸数:938戸(2024年6月28日現在)
    • 1LDK:40戸
    • 2DK:372戸
    • 2LDK:99戸
    • 3K:188戸
    • 3DK:239戸
  • 駐車場:465台分(平面式)
  • 敷地面積:12.2ヘクタール
  • 建物延床面積:6.7ヘクタール
  • 最寄り駅:京王線高幡不動駅
  • 最寄りバス停:京王バス高幡台団地
  • 小学校の校区:日野市立夢が丘小学校
  • 中学校の校区:日野市立日野第三中学校
  • 警察署の管轄区域:日野警察署高幡不動駅南口交番
  • 消防署の管轄区域:東京消防庁日野消防署高幡出張所

高幡台団地自治会の活動

高幡台団地は自治会の活動が盛んであり、毎年4月には定期代議員大会が開催されている。その議案書は第10回(1982年開催)から現在までの分が保存されており、自治会の活動が詳細に記録されている。[4]

文化部の活動

文化部は、コロナ禍の期間を除いて毎年開催されてきた春の団地まつり、夏祭り納涼大会をはじめとするイベントの企画、運営を担っている。

春の団地まつりでは、餅つき大会もあわせて行っており、ついたお餅を自治会会員に配布するなどの活動も行っている。2002年には、115㎏の餅をついたとの記録も残っている。

夏祭り納涼大会は、団地最大のイベントであり、住民のみならず、団地周辺に住んでいる人たちや、団地を巣立っていった人たちも参加するなど、多くの来場者で賑わっている。

2011年には明星大学人文学部人間社会学科の熊本博之教員の社会調査実習クラスが参加し、2012年度からは熊本ゼミが参加し、運営をサポートしている。

体育部の活動

体育部では、さまざまなスポーツイベントを実施している。確認できるなかで最も古い昭和56年度(1981)の高幡台団地定期代議員大会議案書に「体育部」の記述は確認できている。

2000年頃まではスポーツイベントを盛んに開催している。具体的には体育大会(秋季運動会、スポーツフェスティバル)、団地内親睦ソフトボール大会などであり、公住協のバレーボール大会や卓球大会への参加もなされていた。

しかし、いわゆる団塊ジュニア世代が20代後半から30代にさしかかってきた2000年以降になると、この世代が就職や結婚などによって団地をでていくようになる。1999年に実施された「第5回団地の生活と住まいのアンケート」では、世帯主が59歳以下の世帯の割合が62.6%、60歳以上が36.9%であったが、2003年に実施された「第6回団地の生活と住まいのアンケート」を見ると、世帯主が59歳以下の世帯の割合が52.3%と10ポイント近く下がっている一方、60歳以上は45.7%と9ポイントほど増えており、若い世代が減り、高齢化が進展していることが読み取れる。

この団地内における少子高齢化の進展に伴ってスポーツイベントの需要が低くなっていく。例えばスポーツフェスティバルは1997年を最後に開催されなくなった。それにかわって盛んになったのは、比較的高い年齢層にも需要があるハイキングなどのアウトドアアクティビティである。具体的なイベントとして奥多摩『日原鍾乳洞』『もえぎの湯』へのバスハイク(2002年)など、定期的にバスハイクなどのイベントが実施されていく。

2002年の第30回定期代議員総会において規約改正が行われ、体育部は福利厚生部へと名称を変更した。

環境部の活動

環境部は、団地内環境の整備に関することを担当している。確認できるなかで最も古い1981年度の高幡台団地定期代議員大会議案書に「環境部」の記述は確認できている。なお1995年度からは環境交通対策部に名称変更されている。

その活動は多岐にわたるが、主な活動として、資源ごみ回収、不要自転車の整理、違法駐車問題への対応、防災活動がある。

資源ごみ回収

1980年代頃から月に一回、資源ゴミ回収が行われ、自治会の収入源となっていた。だが1991年に「再生資源の利用の促進に関する法律」が制定され、需要を超える古紙回収が全国的に行われたことで1993年には古紙の価格暴落がおき、新聞紙等の売却益が0円になってしまう。

なお、1995年に環境部が環境交通対策部になったため、ごみ問題は生活部が担当することになった。

不要自転車の整理

1980年代には毎年100台以上が処分されており、1991年には自転車置き場の整理がなされ、350台もの不要自転車が回収されている。また1994年も385台が回収されていた。ただ、1997年以降、不要自転車についての記述は見られなくなっていく。かわって2014年以降はバイクの取り締まりが増加している。

違法駐車への対応

居住者の自家用車所有台数が著しく増えたことによる駐車場不足が原因で生じていた。芝生への乗り上げ駐車、ダスターボックス周辺での違法駐車によるゴミの未収集、路上の両側駐車による大型車の通行妨げに加え、違法駐車のために救急車や消防車の進入に支障を来すなどの問題がおきており、大きな課題となっていた。

環境部を中心に要請した結果、1982年1月から駐車場の増設工事がはじまり、181台分の駐車場が増設された。しかしそれでも違法駐車はなくならず、環境部では「青空駐車をなくす運動」を展開し、日野警察署の協力を得ながら青空駐車警告パトロールを実施しつつ、1991年には34台分の駐車場の増設を実現している。さらに1993年12月におきた火災をきっかけに総合的環境整備事業がはじまっている。

こうした活動の成果もあって、違法駐車の台数は年々減少し、2011年には18台、2023年には3台にまで減少している。もっともこの背景には、団地住民の高齢化による自家用車所有世帯の減少もあると思われる。

防災活動

1982年の活動記録に、文化祭にあわせて防災避難訓練を実施したが無関心の人が多かったという記述がみられるなど、住民の防災意識の低さが課題となっていた。そのようななか1987年の防災訓練では、住民に地震を体験してもらうために起震車を導入したところ、400人以上の参加があった。

さらに1992年には、日野市で初となる自主防災組織発足に向けた活動を始め、1997年には自主防災会設立準備会が発足、1998年には団地居住者を構成員とする自主防災会が独立機関として設立されるにいたった。また2017年からは明星大学人文学部人間社会学科熊本ゼミが防災訓練に協力するようになっている。

福祉部の活動

福祉部は1994年に発足した。福祉部の活動として、1994年9月11日に「敬老のお祝い」を行ったとの記述があり、文化部が1988年から開催してきた「敬老のつどい」を引き継いでいる。

1996年からは月に1回、「ふれあい喫茶」を開くようになる。第25回議案書(1996年度)には、年配の方から赤ちゃんを連れたヤンママ、団地外からのお客も増え、集会所2部屋を使って開催しているとの記述がある。

2002年度には高齢者対策部が設置される。2011年には日野市の「高齢者気にかけ運動」に関連して「手と手の会」を発足し、自治会のイベントや訪問者の名前、電話番号を書いたチラシをもって高齢者が住んでいる部屋を訪問し、その結果を月に1回話し合う活動を始めている。第42回議案書(2013年度)には、熱中症の方と脳梗塞の方を発見し、病院に搬送することができたとの記述がある。

2012年3月には「なつかしい歌の音楽会」を開催し、好評であったことから、その後も活動が続けられ、2014年頃からは「なつかしい歌の会」と名称を変更して続けている。

その他、認知症サポーター養成講座、オレオレ詐欺防止講座、ご葬儀勉強会・相談会、転倒予防教室などのイベントも随時開催している。

互近所おたすけ隊

2022年4月、日野市は、住民主体活動型の介護予防・生活支援サービス事業「互近助サービスちょこすけ」を開始した。この事業は、日常生活におけるちょっとした困りごとのお手伝いや生活支援のサービスを提供する団体に対して補助金を交付するもので、これを受けて高幡台団地自治会は、「おたすけ隊員」を住民に公募し、応募した11名と自治会運営委員10名の21名で、2022年10月、「高幡台団地自治会互近所おたすけ隊」を設立した。

2023年度の利用件数は27件だったが、2024年度は299件と大幅に増加している。

お助け業務は以下のとおり。

  • ごみの分別、ごみ出し、粗大ごみ・資源ごみの運び出し。
  • 室内・風呂・トイレ・階段の掃除、洗濯物干し、家事手伝い。
  • テレビ・洗濯機・電子レンジ・エアコン・分電盤のトラブル修理。
  • 蛍光灯の取り替え・カバーの取り外し、照明器具の不具合修理。
  • ミシンかけ、洋服の直し、ズボンの裾上げ。
  • ボックスの組立て、健康器具の組み立て。
  • 網戸の調節、棚板の切断・棚の修理、ラックの分解。
  • マットレス・ソファーの移動。
  • 買い物付添・代行。病院の付添、市役所・七生支所付添。
  • 喪中葉書の作成、タブレットでのメールの使い方、書類の点検。

明星大学との交流

高幡台団地では、徒歩10分に位置する明星大学との交流が続いている。

最初の交流は人文学部人間社会学科の社会調査実習(2011年度。担当教員 熊本博之)の受講生によるもので、「夏祭り納涼大会」の運営支援を通して自治会との交流を深めた上で、自治会役員へのインタビュー調査を実施した。

2012年度からは熊本ゼミが交流の主体となり、夏祭りの支援に加えてコミュニティ形成イベント、居住者の困りごと解決活動、防災イベントへの参加、ボードゲームイベントの開催などを継続的に行っている。

2015年度からは、人文学部福祉実践学科馬場康彦ゼミが、74号棟集会所を活用した住民との交流を図るためのサロン(憩いどころ明星)を定期的に開催し、馬場教員が退職するまで続けられた。その後、自治会福利厚生部が活動を引き継ぎ、毎週金曜日に「ふれあいサロン憩い処」が開かれている。

なお2013年3月には明星大学・UR都市再生機構・高幡台団地自治会の3者による連携確認書が締結され、以降も2年ごとに更新しながら続いている[5]

73号棟除却問題

除却前の73号棟(2014年4月18日撮影)

耐震改修促進法が2005年11月に改正されたことに伴い、高幡台団地でも耐震診断が行われた。2006年4月、都市再生機構は耐震診断結果を全戸配布した。73号棟の診断結果はⅡ(住宅階の耐震改修を速やかに行う必要がある建物)であり、対応方針として「住宅階については、平成21年度までに耐震改修等を実施してまいります」と書かれていた。

2008年3月1日、都市再生機構による説明会が開催され、73号棟は改修が困難であることが判明したため、1階の商店部分も含め、建物を除却すること、73号棟の住民は2010年3月31日までに移転していただく予定であることが発表された。

自治会でも勉強を重ねた結果、73号棟のエリアだけが東京都地震マップで「赤」であること、73号棟の敷地は高幡台団地を作る際に出た残土で埋め立ててできたものであることなどの理由から、建物としての基準を満たしていないだけでなく、地盤にも問題があるとして「安全、安心の住まい」を要望する立場から「73号棟の除却やむなし」との判断にいたる[6]

しかし、都市再生機構による3月29日の七生公会堂での説明会、4月18日・19日の追加説明会でも異論が噴出したため、自治会は5月14日、都市再生機構に対し、自治会長名で、耐震調査の依頼先、および他の調査期間による再度の調査をおこなってほしいとの申し入れを行う。だが5月30日になされた機構からの回答は、改めて調査を行う考えはないというものだった。

一方、そのまま住み続けたいと願う住民は「73号棟に住み続けたい住民の会」を結成し、自治会運営委員会に対して5月25日、日野市議会や多摩自治協、全国自治協への働きかけてほしいとの要望書を提出し、9月6日、多摩自治協、「住み続けたい会」、自治会運営委員会による懇談会が開催された。

しかし除却の方針は変わらず、2009年1月31日には住み替えを希望する住民向けの住宅選定会が都市再生機構によって実施されるなど、住民の移転も進んでいく[7]

2009年6月30日、自治会は都市再生機構に、73号棟跡地利用の青写真をなるべく早く提示すること、代替施設の配置案を日野市と協議の上でオーソライズすること、中層住棟へのエレベーターを極力多く設置するよう特段の努力をすること、などを要請する要望書を提出した。7月28日になされた機構からの回答は前向きなものであり、さらに73号棟代替施設案についての説明がなされ、73号棟前の広場にスーパーマーケット用施設、管理事務所・集会所・商店等の施設、郵便局・歯科・診療所を建設するというものであった。

代替施設は2011年7月に完成し、74号棟に集会所・住宅管理サービス事務所(7月2日にオープン記念ふれあい喫茶開催。80名が来場)、75号棟に郵便局(6月6日開業)、76号棟に高幡診療所、久富歯科医院、美容院アミーゴ、77号棟にLAWSON100(9月7日開店)がはいった。

なおLAWSON100は、都市再生機構によるスーパー誘致が難航していたことから、自治会が直談判して出店にこぎつけたものであった。73号棟の除却に伴い、団地内にあったスーパー「グルメシティー高幡台店」も2010年9月末までで営業を終えており、移動販売を誘致するなどして凌いでいたなかでの出店であった。

73号棟の解体工事は2014年7月2日から始まり、2015年8月31日をもって完了した。

「団地の生活と住まいのアンケート」から見る団地住民の移り変わり

参考文献

脚注

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