東京都出身。1954年京都大学医学部卒業。同大学院医学研究科修了。同大医学部講師、米コロンビア大学研究員などを経て、熊本大学医学部教授、同附属病院長、医学研究所北野病院(大阪市)病院長などを歴任した。
リンパ性白血病の研究をする中で九州に多いATL患者と出会い、1976年に国際学会で新たな疾患として発表。後にウイルスによる白血病として初めて証明され、世界の注目を浴びた。その後、病態を明らかにし診断法を確立した。エイズ制圧に向けた基礎研究の代表者も務めた[1]。
2021年5月23日、京都府宇治市の自宅で死去[1]。90歳没。死没日をもって正四位に叙される[2]。