高柳泰世
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法改正への働きかけ
1996年の著書『つくられた障害「色盲」』に代表される高柳の啓発活動は、1993年に発足した「日本色覚差別撤廃の会」の運動などとともに社会に大きな影響を与え、以下の3つの法律改正に寄与した[1]。
1. 労働安全衛生法改正(2001年10月施行) 厚生労働省が民間企業の雇い入れ時の色覚検査を廃止。職場の安全対策として、色分け表示に加えて形状や文字による識別方法の併用を義務付けた。
2. 学校保健法改正(2003年度実施) 文部科学省が定期健康診断から色覚検査を削除。従来の強制検査が廃止された。
3. 船舶職員及び小型船舶操縦者法改正(2004年) 国土交通省が小型船舶免許の取得条件を改定。従来の眼科的検査を廃止し、代わりに舷灯識別テストを導入。これに合格できない場合には三色識別テストを実施し、昼間限定免許を創設した。
公務員・旧公務員についても少しずつ改善に向かった。警察官は2007年まで全都道府県で「色覚正常」が条件だったが、高柳らの働きかけで制限する都道府県は減り続け、2011年4月に新潟県が制限を撤廃、最後まで残っていた沖縄県も6月に撤廃した。これにより警察官の制限は全廃され、残る制限は自衛隊、JR職員、一部地域の消防、船舶職員などに限られることとなった[2]。
新しい色覚検査表の開発
1995年には色彩学者の金子隆芳と共同でカラーメイトテスト(CMT)と呼ばれる新しい色覚検査表を開発した。従来の学校健診で使用された石原表は極めて鋭敏で、生活に支障のない人も異常者として差別される問題があった。高柳の地元の名古屋市教育委員会は2000年から石原表に代わりCMTを全校で採用した[3]。
経歴[4]
- 1958年、名古屋大学医学部を卒業
- 1960年、医学博士号を取得
- 1973年、名古屋市で眼科医院「本郷眼科」を開業
- 1974年、名古屋市立学校学校医(眼科)(2012年まで)
- 1981年、愛知視覚障害者援護促進協議会を設立。副会長に就任(1990年まで)
- 1983年、名古屋大学非常勤講師
- 1984年、文部省「色覚異常生徒のための教科書態様改善に関する調査研究委員会」委員
- 1989年、日本学校保健会学校環境衛生指導委員会委員
- 1990年、愛知視覚障害者援護促進協議会会長
- 1994年、厚生省健康政策局「色覚問題に関する検討会」委員(1995年まで)
- 1994年、久留米大学医学部非常勤講師
- 2013年、藤田保健衛生大学(現・藤田医科大学)公衆衛生学客員教授に就任
受賞歴
著書
- 高柳泰世『教育用色覚検査表 Color Mate Test (「色のなかま」テスト)』日本色彩研究所、1995年。
- 高柳泰世『つくられた障害「色盲」』朝日新聞社、1996年。ISBN 9784022569646。
- 高柳泰世『色覚異常は障害ではない』高文研、1996年。
- 高柳泰世, 愛知視覚障害者援護促進協議会 編『見えない人見にくい人のリハビリテーション』名古屋大学出版会、1996年。ISBN 4815802955。
- 高柳泰世、金子隆芳『色覚異常者に配慮した色づかいの手引き:「色彩バリアフリーマニュアル」』ぱすてる書房、1998年。
- 高柳泰世『たたかえ!色覚異常者 : 「色盲・色弱」は病気ではなく、個性なのです : 色覚異常者と家族からの手紙』主婦の友社、1998年。ISBN 978-4072212677。
- 長屋幸郎、高柳泰世『これだけは知っておきたい「教師の常識」-視力、メガネ、色覚』ぱすてる書房、1999年。ISBN 978-4938732486。
- 高柳泰世『つくられた障害「色盲」』朝日新聞社〈朝日文庫〉、2002年。ISBN 978-4022613837。
- 高柳泰世, 愛知視覚障害者援護促進協議会 編『視覚代行リハビリテーション: 視覚障害者と高齢者のために』名古屋大学出版会〈朝日文庫〉、2005年。ISBN 978-4-8158-0524-1。
- 高柳泰世『教育用色覚検査表 Color Mate Test (「色のなかま」テスト)第3版』日本色彩研究所、2012年。
- 高柳泰世『色のなかまがわかるよ』浜島書店、2014年。
- 高柳泰世『改訂版 つくられた障害「色盲」』朝日新聞出版、2014年。ISBN 978-4021002397。