高梨頼治 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代生誕 不明死没 天文24年(1555年)別名 通称:源五郎 凡例高梨頼治時代 戦国時代生誕 不明死没 天文24年(1555年)別名 通称:源五郎氏族 高梨氏父母 父:高梨政頼、母:岩井式部大輔成能娘?兄弟 頼治、秀政、中条景資正室、頼親、於北(真田信綱正室)、内記?妻 正室:村上義清娘テンプレートを表示 高梨 頼治(たかなし よりはる)は、戦国時代の武将。 高梨政頼の子として誕生。 高梨氏は信濃国北部の有力国人であり、近隣の信濃村上氏と勢力を競っていたが、甲斐国の武田晴信が信濃に進出すると、和睦して、共に甲斐武田氏とあたるようになった。のちに両氏の和睦の証として頼治は村上義清の娘を娶った。 天文24年(1555年)、第二次川中島の戦いで討死したと言われているが、このとき真田幸綱に重傷を負わせるほど奮戦したという。 出典 『信濃高梨一族』(志村平治) 関連項目 中野市 鴨ヶ嶽城 - 高梨政盛が築城、高梨氏の詰めの城 Related Articles