高橋美徳

日本のボクサー (1939-2018) From Wikipedia, the free encyclopedia

高橋 美徳(たかはし よしのり、1939年4月26日 - 2018年5月23日)は、日本プロボクサー・プロボクシング・トレーナー経験者、プロモーターである。青森県黒石市出身。現役時代は三迫ボクシングジム所属。階級はウェルター級、2017年3月まで国際ボクシングスポーツジム会長、東日本ボクシング協会副会長兼事務局長も務めた。

本名 高橋 美徳
国籍 日本の旗 日本
誕生日 1939年4月26日
概要 基本情報, 本名 ...
高橋 美徳
基本情報
本名 高橋 美徳
階級 ウェルター級
国籍 日本の旗 日本
誕生日 1939年4月26日
出身地 青森県黒石市
死没日 2018年5月23日
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 30
勝ち 26
KO勝ち 11
敗け 4
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来歴

青森商業高校では1957年全日本高校選手権ライト級で優勝。

法政大学でも1961年、全日本大学ウェルター級優勝。

同年、三迫ジムに入門し、8月1日の奥山利夫戦でプロデビュー。

2戦目にKO負けを経験したが、その後は17連勝をマークする。

1963年3月9日、ウェルター級の世界ランク入り目指してアメリカの強豪ガーランド・ランドールと対決したが、2回KOに敗れた。

1963年8月26日、渡辺亮とのOBF東洋ウェルター級王座決定戦を判定で制し王座獲得。

1964年1月4日、エディ・パーキンスが持つWBAWBC世界ジュニアウェルター級王座に挑戦。死闘の末13RKOを喫し敗退。

同年5月8日、エリセオ・アランダを相手にOBF王座の初防衛に挑むが、4RKOで防衛失敗。

1964年9月24日のラリー・フェルナンド戦を最後に網膜剥離引退

三迫ジム・トレーナー経て1971年4月1日、国際ボクシングスポーツジムを設立。ロイヤル小林・高校及び大学の後輩でもあるレパード玉熊セレス小林の3人の世界王者を輩出した。

戦績

  • 30戦26勝(11KO)4敗

関連項目

空位
前タイトル保持者
福地健治
第5代OBF東洋ウェルター級王者

1963年8月26日 - 1964年5月8日

次王者
エリセオ・アランダ

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