高波善行
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小杉高校2年の時にインターハイ団体戦で3位となった[1]。東海大学に進学すると、2年の時には全日本新人体重別78kg級で優勝した。3年の時には全日本学生柔道優勝大会で78kg級の選手ながらチームの優勝に貢献した。1989年には東海大学大学院に進んだ。1990年にはドイツ国際で優勝すると、選抜体重別でも明治大学の吉田秀彦を内股で破って優勝を成し遂げた[1]。しかし、アジア大会では3位に終わった。1991年には綜合警備保障所属となると、選抜体重別で優勝するが、世界選手権代表には国際大会での実績で上回る吉田が選ばれた。アジア選手権では2位にとどまった。1992年には講道館杯で優勝するが、選抜体重別では準決勝で警視庁の持田達人に敗れて3位に終わり、バルセロナオリンピック代表にはなれなかった。嘉納杯では決勝で持田に敗れて2位だった。1993年には富山県教育委員会所属となると、講道館杯では2連覇を達成した。また、柔道以外にサンボにも取り組んで、1989年の全日本選手権では82kg級で優勝を飾った[3]。