高田エージ
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高田 エージ(たかだ エージ、1962年3月3日 - )は、日本の男性シンガーソングライター。本名:髙田 英司。東京都出身。
出生からデビュー前まで
1962年3月3日に生まれる。中学、高校時代はサッカー部に所属していた。高校時代にはフォークソング部にも所属し、15歳でエアロスミスのコピーバンドでライブデビューを果たす[1]。
高校時代に同級生の大金泰博と共に、恒田義見(元村八分、ハルヲフォンなど)の「恒田義見バンド」に参加し、恒田の紹介でフォーライフ・レコードにてデモテープを作成。制作会議でこのデモテープを聴いた田邊昭知の目に留まり、田辺エージェンシーに所属する事となった[2]。
1979年:メジャーデビュー
1979年、大金とのユニット名が「DUO」に決まり、吉田拓郎の書き下ろし曲「放課後」で5月21日にデビュー。シングル2枚をリリースして解散。
1980年~1987年:バンド活動時代
「DUO」の解散と共に芸能界を離れ、ライブハウスを中心としたバンド活動を再開。複数のバンド活動を経て、1986年に「SUPER BAD」を結成[3]。
1988年~2002年:再デビューからソロ活動開始まで
1988年4月25日、SUPER BADが童謡「ドナドナ」のカヴァーでMOON RECORDSよりデビュー。同年6月にオープンした渋谷CLUB QUATTROのオープニング・キャラクターを務める。SUPER BADは2枚のシングルと4枚のアルバムをリリースし、1995年1月に活動停止(SUPER BADとしての活動については「SUPER BAD」を参照)。
1992年、杉原徹(元てつ100%)と「エージ&テツ」を結成。往年の邦楽カヴァーを中心にライブ活動を開始。
1994年4月29日、男性デュオグループ「シャイ&ムーニー」とエージ&テツのジョイント・アカペラ・アルバム「ア・ラ・カペラ」をリリース。
1995年、ラジオ番組「エージ&テツのアメリカザリガニ」(KBS京都)が放送開始(1999年まで放送)。
同年12月1日、エージ&テツ初の単独アルバム「月とスッポン(オリジナルバージョン)」「月とスッポン(カバーバージョン)」を同時リリース。
1997年4月16日、エージ&テツとして東芝EMIよりシングル「想い出の街」(憂歌団のカヴァー)でメジャーデビュー(東芝EMI在籍時にはシングル計2枚をリリース)。
2001年、武田”チャッピー"治(ドラムス)、カンペイ(キーボード)と「SUPER Goooooood!」(スーパーグー)を結成。当初はトリオであったが、一時期最大30名強が在籍する大所帯バンドとなった。
2002年、エージ&テツとしての活動を停止(以降は不定期でライブ活動を実施)。
2003年~:ソロ活動開始以降
2003年、ソロでライブハウスやライブバー等を中心としたライブツアー「ひとり旅」を開始。以降の活動はソロライブツアーが中心となる。
2005年6月7日、初のソロシングル「永遠」を北海道先行でリリース。ほとんどのライブで披露される定番曲となる。
2008年3月3日、初のソロアルバム「オレは誰だ?」をリリース。
2009年5月、三重県松阪市を拠点として活動するEVISの中山剛とボーカルユニット「男友達」を結成しライブ活動を開始。
2012年3月3日、50歳の誕生日に「50 SONGS」と題した全50曲を披露するライブを横浜THUMBS UPにて開催。
2013年3月10日、SUPER BAD活動休止以降初のワンマンライブを下北沢CLUB Queにて開催
2018年11月3日、男友達初アルバム「持つべきものは男友達」をリリース。
2022年3月3日、還暦記念ライブを渋谷CLUB QUATTROにて開催。