高田丈資
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奨励会三段のときに、第9回(1965年度)古豪新鋭戦で4回戦まで勝ち進んでいる(4回戦で米長邦雄に敗れる)。1966年4月、28歳11ヶ月にしてプロ入り(四段)。
プロ1年目の第21期(1966年度)C級2組順位戦は、5勝7敗で負け越す。その中で、中原誠や桐山清澄に敗れている(中原は12戦全勝で初昇級、桐山は10勝2敗・3位で昇級できず)。
2年目に第22期(1967年度)C級2組順位戦で9勝3敗・2位の成績を収め、C級1組へ昇級(五段昇段)。以降、B級2組へ昇級することはなかった。
第1回(1972年度後期)早指し将棋選手権で本戦2回戦に進出(中原名人(三冠)に敗れる)。同棋戦ではその後も活躍しており、第4回(1974年度前期)では本戦3回戦進出(桐山に敗れる)。第5回(1974年度後期)では早指しを得意とする加藤一二三(元十段)を予選で破り、本戦では2回戦まで進出。第10回(1977年度前期)では本戦1回戦進出。第11回1977年度後期)では本戦2回戦進出(中原名人(四冠)に敗れる)。第12回(1978年度)では本戦で森安秀光らを破り4回戦進出(有吉道夫(元棋聖)に敗れる)。
1977年、石川陽生を弟子に取る。
棋風
人物
昇段履歴
主な成績
在籍クラス
→竜王戦と順位戦のクラスについては「将棋棋士の在籍クラス」を参照
| 開始 年度 |
順位戦 出典[3] |
竜王戦 出典[4] | ||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 期 | 名人 | A級 | B級 | C級 | 期 | 竜王 | 1組 | 2組 | 3組 | 4組 | 5組 | 6組 | 決勝 T |
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| 1組 | 2組 | 1組 | 2組 | |||||||||||||||
| 1966 | 21 | C213 | ||||||||||||||||
| 1967 | 22 | C209 | ||||||||||||||||
| 1968 | 23 | C113 | ||||||||||||||||
| 1969 | 24 | C109 | ||||||||||||||||
| 1970 | 25 | C106 | ||||||||||||||||
| 1971 | 26 | C108 | ||||||||||||||||
| 1972 | 27 | C110 | ||||||||||||||||
| 1973 | 28 | C116 | ||||||||||||||||
| 1974 | 29 | C106 | ||||||||||||||||
| 1975 | 30 | C111 | ||||||||||||||||
| 1976 | 主催者移行問題により中止 | |||||||||||||||||
| 1977 | 36 | C105 | ||||||||||||||||
| 1978 | 37 | C119 | ||||||||||||||||
| 1979 | 38 | C201 | ||||||||||||||||
| 順位戦、竜王戦の 枠表記 は挑戦者。右欄の数字は勝-敗(番勝負/PO含まず)。 順位戦の右数字はクラス内順位 ( x当期降級点 / *累積降級点 / +降級点消去 ) 順位戦の「F編」はフリークラス編入 /「F宣」は宣言によるフリークラス転出。 竜王戦の 太字 はランキング戦優勝、竜王戦の 組(添字) は棋士以外の枠での出場。 | ||||||||||||||||||