高知ゴルフ倶楽部

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所在地 日本の旗 日本
高知県高知市重倉945番地
開業 1958年昭和33年)7月21日
運営 メンバーシップコース
設計 丸毛 信勝
戸張 捷(改造監修)
高知ゴルフ倶楽部
Kochi Golf Club
高知ゴルフ倶楽部
高知ゴルフ倶楽部の空中写真。
2010年5月8日撮影の3枚を合成作成。
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。
所在地 日本の旗 日本
高知県高知市重倉945番地
座標: 北緯33度36分1.31秒 東経133度33分11.37秒 / 北緯33.6003639度 東経133.5531583度 / 33.6003639; 133.5531583
概要
開業 1958年昭和33年)7月21日
運営 メンバーシップコース
設計 丸毛 信勝
戸張 捷(改造監修)
運営者 土佐観光施設株式会社
コース

OUT IN
HOLEPARYARDHOLEPARYARD
1 5514 1 4370
2 3220 2 4303
3 4346 3 4346
4 4372 4 5530
5 3176 5 3166
6 5503 6 4367
7 4334 7 3183
8 4286 8 5481
9 4318 9 4375
363069 363121

その他
公式サイト 高知ゴルフ倶楽部
テンプレートを表示

高知ゴルフ倶楽部(こうちゴルフくらぶ)は、 高知県高知市にあるゴルフ場である。

戦前高知には、種崎という海沿いに9ホールのゴルフ場があった、戦時中芋畑となり、その後は塩田に使われた後に閉鎖された[1]戦後四国で一番早く開場されたゴルフ場は、1954年昭和29年)に開場した「高松カントリー倶楽部」(設計・丸毛信勝)である[1]。高知ゴルフ倶楽部の会報誌『正蓮寺』開場40周年記念号には、「種崎でプレーした人はもういない」と記録されている[1]

ゴルフ場の建設用地は、高知市内の正蓮寺地区に計画され、正蓮寺が近くにある[1]1957年(昭和32年)9月25日、コース設計を丸毛信勝に依頼し、コースの造成工事が着工され、1958年(昭和33年)7月21日、18ホール、パー72、距離6,217ヤード、コースレート68.5規模のゴルフ場が開場された[1]。高松カントリー倶楽部に次ぐ2番目に歴史のあるゴルフ場である[1]

高知のゴルフ族は「正蓮寺は短いきしよい」という、高知ゴルフ倶楽部といわず正蓮寺ゴルフ場という[1]高知弁翻訳すると「高知ゴルフ倶楽部は短いからプレーしやすい」となる[1]。18ホールで6,217ヤードで、フロントティーどころか、長いコースならレディス並みのコースである[1]1994年平成6年)、大改造が行われたが6,252ヤードで、僅かに延長しただけである[1]

コース設計の丸毛信勝は、の権威で農学博士である、丸毛の設計コースは用地条件の悪いコースが多い[1]。高知ゴルフ倶楽部でも、打上のホールで飛ばしたボールが、斜面を転がり戻ってきてティの傍で止まった[1]。土佐ッポは「ゴルフとはこんなものかと思った」と豪快に言った[1]

所在地

〒780-0002 高知県高知市重倉945番地

コース情報

  • 開場日 - 1958年7月21日
  • 設計者 - 丸毛 信勝、戸張 捷(改造監修)
  • 面積 - 760,000m2(約22.9万坪)
  • コースタイプ - 丘陵コース
  • コース - 18ホールズ、パー72、6,190ヤード、コースレート70.7
  • フェアウェー - コウライ
  • ラフ - ノシバ
  • グリーン - 1グリーン、コウライ
  • ラウンドスタイル - キャディ・セルフ選択可、乗用カート使用、1組4人が原則だがツーサム可
  • 練習場 - 打席ヤード
  • 休場日 - 1月1日、月曜日セルフデー [2][3]

クラブ情報

  • ハウス面積 - 2,640m2(798.6坪)
  • ハウス設計 - MA設計
  • ハウス施工 - 大成建設株式会社[2][3]

ギャラリー

交通アクセス

鉄道

道路

エピソード

  • 「高知ゴルフ倶楽部」のフェアウェイは狭いところがある、ロストボールが多いのでボールに名前を書いてプレーすると、翌日、ロッカーの中にどっさりとボールが戻っていた[1]

脚注

関連文献

関連項目

外部リンク

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