高輪グリーンマンション殺人事件
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1977年5月18日午後9時頃、高輪グリーンマンションの4階の一室でホステスA(事件当時28歳)が、他殺体で発見された[1]。第一発見者は勤務時間の午後6時過ぎになっても出勤しなかったことでA宅を訪ねた勤務先の総支配人であった[2][3]。Aは奥四畳半のベッドの上に仰向け・ネグリジェ姿で、顔まで布団をかぶって死亡していた[2][3]。首に絞められたような跡があった他は外傷はなく[3]、右手には1万円札4枚を握りしめていた[4]。ドアのカギはかかっておらず、電気はつけっぱなしであった[2]。抵抗の痕がないことや、Aの部屋に物色された形跡がないことから、警視庁は顔見知りの犯行が高いと見て捜査していると報じられた[2][3]。またAは勤務先関係者らに「一身上の都合で悩んでいる」と話していたという[2]。
5月20日、Aの元交際相手である男Xが高輪警察署に出頭し、犯行当日にはアリバイがある旨を弁明した[1][4]。Xのアリバイは「犯行当日の午前1時頃は勤め先の焼肉店が閉店し、近くのスナックに飲みに行き、午前3時頃に大田区大森北3丁目のアパートの自室に帰った」という内容だったが、実際にはXは犯行当夜にスナックには行っておらず、自宅に帰ったのも午前4時半頃と判明し、アリバイが虚偽であることが判明した[1][4]。
Xに対する容疑を強めた捜査官らは、6月7日早朝にXを同警察署に任意同行し、取調べを開始した[1]。同日午後10時頃、Xが事件への犯行を認めたため、その旨の答申書を作成させ、午後11時過ぎに取調べを終えた[1]。加えて「どこかの旅館に泊めていただきたい」旨の答申書も作成・提出され、Xは同警察署近くの宿泊施設に宿泊させられた[1]。その際、捜査官4・5名も同宿し、うち1名はXの部屋の隣室に泊まり込んで、その挙動を監視した[1]。
6月8日朝、捜査官らは自動車でXを迎えに行き、午後11時頃まで取調べ、その後また同警察署近くの宿泊施設に送り届けて、宿泊させた[5]。6月9日・6月10日も同様の取調べは続き[6]、また各夜とも宿泊施設周辺に捜査官が張り込み、Xを監視した[6]。
この間、自白調書等が作成されたものの、6月11日には否認調書が作成され、決め手となる証拠が十分ではなかったことから、捜査官らはXを逮捕することなく、同日午後3時頃に実母らと帰郷させた[6]。捜査官らはXを4夜に渡って、捜査官の手配した宿泊施設に宿泊させた上、前後5日間に渡って被疑者として取調べを続行したことになる[6]。なお、宿泊代金は6月7日から9日までの分は警察が支払い、10日分のみXが支払った[6]。
警察はその後も自白の裏付け捜査を続け、8月23日にXを逮捕した[4][6][7]。Xは当初は犯行を否認していたが、8月26日に自白して以降捜査段階については自白を維持し、自白調書等が作成された[6]。Aが現金4万円を握って死亡していたことについて、取調べでXは「Aが売春して客から殺されたように見せかけるために細工をした。金はAの財布から出して握らせた」と語ったと報じられた[8]。9月12日、Xは殺人罪で起訴された[6]。