Wikiwand AI

高階成順

From Wikipedia, the free encyclopedia

高階 成順(たかしな の なりのぶ、生年不詳 - 長暦4年8月14日〈1040年9月22日〉)は、平安時代中期の貴族。伊予守・高階明順の子。官位は正五位下・筑前守。

左衛門尉・式部丞を経て、一条朝末の寛弘7年(1010年)六位蔵人に補せられる。しかし、翌寛弘8年(1011年)一条天皇の譲位によりわずか1年半ほどで蔵人を去り、院判官代となった。

後一条朝の万寿2年(1025年)ごろに筑前守兼大宰少弐に任ぜられて受領となり、長元3年(1030年)ごろまでこれを務めた。

のち出家して乗蓮と名乗った。後朱雀朝の長暦4年(1040年)8月14日卒去。

人物

柔和な性格で自分の気持ちを曲げて媚び諂うことはなかった。若い頃から道心深く、日夜法華経を読誦するなど、専ら仏法に帰依していた。任国先でも、何かにつけて慈悲深く、人々を憐れむ事に際限がなかった。これにより、民衆は皆首を傾けて喜んだという(『今昔物語集』)[1]。

官歴

系譜

『尊卑分脈』による。

脚注

参考文献

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks