髙橋育郎
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1935年(昭和10年)3月、東京都に生まれる。1941年(昭和16年)4月に赤羽国民学校に入学し、戦中・戦後の動乱期を過ごす。1947年(昭和22年)3月に埼玉県杉戸町の杉戸国民学校を卒業。その後、埼玉県立の浦和の中学校、新潟県の高等学校を経て、1953年(昭和28年)に日本国有鉄道(国鉄)に入社した。
国鉄入社後は、東京の国鉄本社を拠点に活動していた「国鉄合唱団」への入団を熱望し、本社への通勤や異動を可能にするため中央大学夜間部法学部へ入学。1958年(昭和33年)に同大学を卒業している。念願であった合唱団には1954年(昭和29年)から約14年間にわたり所属し、実践を通して読譜力や音楽の基礎を身につけた。独学で島崎藤村の詩『高根に登りて遠く望める歌』や、現代詩の『朝まだき』『自由詩もくれん』などに曲をつけ、作曲法を学んだという。
国鉄職員としては関東支社や千葉鉄道管理局などを歴任。27歳の頃には東海道新幹線のPR業務にも携わった。在職中の1981年(昭和56年)には団体旅行用に作詞した「シャンシャンいい旅夢の旅」がキングレコードから全国発売されたほか、「なのはな号音頭」など房総の観光イメージアップソング4曲がレコード化され、日本音楽著作権協会(JASRAC)に入会した。1988年(昭和63年)、国鉄(民営化後はJR)を退社。
退職後の1988年(昭和63年)より「ライフ・ベンチャー・クラブ」に入会し、音楽イベント事業や作詞作曲活動を本格化。1992年(平成4年)には「心のふるさとを歌う会(歌の会)」を立ち上げた。翌年、啓蒙雑誌の懸賞論文に『童謡に生涯現役の夢かけて』が当選したことを機に日本童謡協会へ入会し、童謡作家としての道を歩み始める。
2001年(平成13年)に童謡祭で披露された作詞曲「大きな木はいいな」(作曲:白川雅樹)は、翌年の全国童謡サミットで「21世紀の愛唱歌」に選ばれ、カワイ出版の『みんなの童謡200』に収録された。同曲は、2010年(平成22年)11月3日に開催された「全国童謡歌唱コンクール・グランプリ大会(大人部門)」において、東海北陸代表の出場者によって歌唱され金賞(グランプリ)を受賞するなど、広く親しまれた。
晩年も精力的に活動し、千葉県習志野市や埼玉県朝霞市など地域に根ざした文化振興に貢献。2014年(平成26年)には習志野市市制60周年を記念したご当地キャラクターソング「ナラシノ♪どんどん音頭」の作詞・作曲を手がけた。 著述家としては、昭和10年代から20年代の子供たちの暮らしや、戦中から戦後の新制中学時代の記憶、鉄道員時代の回顧録など、昭和・平成の歴史を後世に伝える書籍を残している。
2026年(令和8年)3月7日逝去。